The Gift 04
「知識に偏りがあるな。
まあ、ここまで鈍いとなると当然か」
《黄昏》はためいきをついた。
「何度も言うが《shi》が価値観を変える男と出会えるまで、今の関係をやめるつもりはない。
少なくとも俺はそうだ」
《黄昏》は断言した。
「保護者は必要ではない。
もう23を過ぎて、次の誕生日が来たら24歳だ。
自分の人生を受けいれて、生きていく歳になった。
確かに私は一般的な社会で生きていくことは難しいだろう。
周囲の力を借りてもなお、薬を飲み続けているのが証拠だ。
だからといって、それに《黄昏》まで巻きこむことはできない」
私はハッキリと告げた。
「お前、意味わかってないだろう?
なんで俺だけが除外されるのか」
「どういう意味だ?」
「自分よりも他人の幸福を願う、そういう感情を何て呼ぶんだ?」
《黄昏》が尋ね返す。
私の理解に超えることだった。
「俺はお前の血の繋がらない兄ではない」
「ああ、そうだな」
私はうなずく。
人気のない公園だから話せる事柄だった。私たちの隠しておかなければいけない秘密だった。知っているのはごく少数の人間だけだ。少なくともネット上の知人たちには伏せておかなければならない事柄だった。
「俺は就職と同時に独り暮らしを始めた。
お前とは物理的に距離を取ったはずだ」
「そうだったな」
「それでもお前は俺に迷惑をかけ続けた。
現在進行形だ。
そして俺の両親も、それを不自然と思っていない」
「痛いところだが、事実だな」
私は再度うなずかなければならなかった。認めなければならない事実だ。
「それでも結論が出せないのか?」
「……わからない」
私は正直に答えた。
「じゃあ質問を変えよう。
腕時計を贈る理由は?
男が女に服を贈る理由は?
男が女に口紅を贈る理由は?
男が女にネックレスを贈る理由は?
男が女にイヤリングを贈る理由は?
知識として知っているだろう」
《黄昏》は言った。
私は複雑な心境になる。知識としては知っている。そんなものはいくらでも本の中やインターネットの中にあったからだ。そういう知識にふれられるだけの環境を整えたのは《黄昏》なのだから。
腕時計をもらったのも、白い大きな箱をもらったのも、学生時代からだ。私が就職する前から《黄昏》の誕生月には贈られてきたのだ。習慣になるぐらいずっと前から。
「お前の保護者なんてとっくのとうにやめている。
誕生祝いにかこつけて、連れまわしているんだ。
拒否だってできただろう?
それでもお前は逆らわなかった。
俺は感謝も謝辞もいらない。
お前のためにやったわけではない。
俺のやりたいようにやっているだけだ、って言っただろう?」
《黄昏》はこれ以上のない強さで、ハッキリと告げる。
「いきなりは、信じられない。
それじゃあ、まるで……」
私は視線を落とす。それでも繋がれたままの手を振り払えないでいた。
「12本の赤いバラが必要か?
誕生石の指輪が必要か?
それとも役所から書類を持ってきた方がいいか?」
《黄昏》は言葉を重ねる。
いくら鈍感な私でも気がつくように尋ねる。衝撃というものではなかった。
オンライン上で言われたことがなかったわけではない。年齢や性別すら偽れる匿名な世界だ。オンラインゲームのシステム上、稀に『結婚』が便利だったり、有利だったりすることがある。運営の方も悪乗りするのか、課金アイテムとしてバラの花束や指輪を用意させることもあった。私は何故か、それらを受けたりはしなかった。《グングニル》はギルドマスターとして、必ずギルドに加入させてくれたし、私がそういったトラブルに巻きこまれたのに気がつくと、さりげなくフォローしてくれた。そして《黄昏》は冗談でも、そんなことを言ったりはしなかったし、他の女性キャラクターに対してしたことはなかった。
そして、これはオンラインゲーム上ではない。
リアルだ。現実世界だ。
繋がれたぬくもりが仮想世界ではないということを如実に告げる。携帯電話越しでもない、ボイスチャット越しでもない声が届く。
それでも私にはわからないでいた。私が明確な線引きをしようとしたことを《黄昏》は乗り越えようとしてきた。まるで私がまた硬い殻の中に戻らないように、と。薬の量が増えないように、と。
心配ではない。親切ではない。同情ではない。過保護ではない。それならば感謝や謝辞はいらない、とは言わない。では、私は何を返せばいいのだろうか。
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