The Gift 03

 店の外に出ると、自然と手を繋がれる。外はまだ少し早い夕暮れだった。となるとこのあともスケジュールが待っているだろう。小さな公園まで連れていかれる。そこまでの短くはない距離を埋めるのは会話だ。たいていは《黄昏》の質問に私が答えるような形になる。まるで《黄昏》がいない時間を確認しているような状況だった。もちろん私の方が質問すれば、いくつかの事柄は教えてくれるが守秘義務やプライベートなこともある。その手のことは踏みこませてくれない。当然といえば当然の結果だろう。私たちはすでに社会に出て、互いに独り暮らしをしているのだ。他者に話せないような秘密を抱えているのは普通のことだろう。私は《黄昏》の恋人でもなく、配偶者でもないのだから、その権利はないのだ。おそらく永久に。この歪な関係はいつまで続くのだろうか。まるでバロック真珠のようなものだった。そういえば淡水真珠もバロック真珠だった、と気がつく。涙型の細長な白色の淡水真珠のネックレスを意識する。歪だから美しい。同じものは二つとない。
 涼しい風が吹き、樹々が強すぎる日差しを遮るような場所にベンチがあった。何も言わずに私たち二人は空を見つめる。ゆっくりと太陽が静かに傾いていく。今日は少し雲があるから理想的な夕空になるだろう。《黄昏》はじっとその時間を待つ。私が《黄昏》の戸籍上の名前を思い出す瞬間でもある。あるいはハンドルネームである《黄昏》を強く感じる。夜になるまでの静かな時間を邪魔するような者はいなかった。だからこそ《黄昏》が選んだのだろう、とは思う。決して短くない時間、過ごしていく。太陽が沈み切って薄暮と呼ばれる時間が過ぎ去って、藍色の空に星が輝く時間になる。まるで休日の時にしかしない《黄昏》のシルバーピアスのような星が瞬く。
「さて、そろそろ帰るか」
 《黄昏》は言った。どうやら満足をしたらしい。《黄昏》は立ち上がる。手を繋いだままだから、私もほぼ同時に立ち上がることになる。
「誕生祝いに、私は役に立てだろうか?」
 つい訊いてしまった。
「不満はなかったな」
 《黄昏》は歩き出す。私も並ぶようについていく。
「それなばらばかまわないが」
「なんか問題でもあるのか?」
「一般的な誕生日の祝い方ではないと思う」
 私は確認してしまう。
「《shi》が一般的な誕生日の祝い方をしてほしい男ができたら、やめるさ」
「それは永遠に来ない、という意味になりそうだ」
「マジかよ。
 うちの親、《shi》のウェディングドレス姿を楽しみにしているのに。
 披露宴のために貯金までしているんだ。
 一体、いくらかける気が知らないが、スポーツカーが一台余裕で買えそうだ」
「それは悪いな」
「いや、もともとは進学のための貯金だったらしい。
 私立の四大出れば、それぐらいの金額がかかるからな」
 さりげなく《黄昏》が気を使ってくれる。そんな《黄昏》はストレートで難関と呼ばれる公立大学を卒業をしていたし、社会人としても恵まれた会社に就職をしている。今の会社が倒産したところで、いくつか取得している資格で国内でなくてもやっていけるだろう。それでも実家近くであり、私の近所に住んでいる。
「あいかわらず迷惑をかけているようだな。
 別にまったく貯金がないわけではないのだが……遺してくれた保険金もあることだしな。
 独りで生きていく分には困らない程度には暮らしていけそうだ。
 それに一応、手に職をつけたらから、食いはぐれることはないだろう」
 世話になりっぱなしだと痛感する。頼りのないところを見せ続けているのだから、仕方がないことなのだろう。どうにも周囲には過保護な人たちが多すぎる。だからこそ私は依存し続けているのだろう。
「どうにも娘が欲しかったらしいからな」
「ならば《黄昏》が『結婚』して花嫁を連れてくればいいだろう?
 確かに血は繋がってはいないが娘には違いない。
 私たちの関係よりも良いだろう」
 私は立ち止まり《黄昏》を見上げた。
 《黄昏》も先ほどまでの表情とは違って、真剣だった。
「私たちの関係は歪すぎる」
 決意を込めて言う。
 たとえこの瞬間から、破綻してもかまわなかった。世間一般の幸福を味わってほしい。育ててもらえたことは嬉しいし、いまだに家族扱いしてくれるのは幸いなことなのだろう。だが私という名の『悲劇』に、いつまでも《黄昏》を巻きこむわけにはいかない。もう大人になったのだ。
 それに黄昏の時間は終わって、夜だ。もう幻影を追いかけ続けなくてもいい。いつか必ず来る終わりなら、私にでもわかるような明確なラインが必要だ。
「先生に言われたのか?
 それとも《グングニル》辺りに言われたのか?」
 《黄昏》が確認する。
「インターネットだ。
 こういうのを共依存と呼ぶのだろう?」
 私は言った。
 沈黙が落ちる。あまりの重たさに窒息しそうだと勘違いしそうだ。このまま答えを聞かずに死んでしまえば楽になれるのかもしれない。そんなできるはずのないことを考えてしまう。
 弱すぎる自分が嫌すぎる。どこかしらに頼らなければ生きていけない。ずっとそうだった。本を読めば読むほど、インターネットで知識を得れば得るほど。大人になればなるほど。私は『悲劇』的過ぎる。矯正は利かない。その証拠に薬を飲み続けていても、常に依存先を求めてしまう。
 幸いなことに、それがアルコールやギャンブルや恋愛に向かわないだけマシだろう。
 そのために早い段階で《黄昏》はインターネットを教えてくれたのだろう。幼かった私と違い、《黄昏》は学生とはいえ成人していたのだから。しかも頭の回転は悪くない。きちんと私というものを理解して、ある程度の覚悟をして受け入れてくれたのだろう。
 それは《黄昏》の両親も同じことだろう。今の社会とは違い、実に善良的な人間だ。だからといって私が一方的に搾取していいわけではない。頼ってはいいのだろうが、寄りかかってはいけない。自立をしなければならない。

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