こちら閉架図書室。
認証完了。
ファイルの閲覧は許可されました。
このデータは個人の観測を基にされているので、客観性が乏しいものです。
類似資料の目録を添付しておきました。
この文書を読んだ後、それらの資料に当たることを推奨します。
以下、「16歳。4月1日のメモ」をロードします。
今日は興味深いデータを読みました。忘れてしまわないように空き時間でメモをします。後で修正します。
歴史を学ぶときは多角的な視野を持つ必要性があると再認識しました。記述者の主観が混じらない歴史のデータはないのです。箇条書きで列挙したとしても取捨選択という主観が入るからです。
あ、これも、主観です。信頼の置ける客観性というのもまた難しいということは、次のメモに。
核の灰によって地球が荒廃したのでもなく、温暖化現象などによって地球が人間の住めない環境になったわけでもなく、来襲した異星人に支配されたわけでもなく、人類は地球を飛び出しました。
大気圏の向こうにある空間も自国が領有しているとするため、というのが定説です。他国に向けられたものか、自国内の反対勢力を黙らせるためのものか、データ不足のために判断できません。ともかく、熱狂的な期待とともに、宇宙を航行することができる船<宇宙船>に一部の人間と受精卵たちは乗り込みました。
目的は宇宙での繁栄。
居住可能な星の発見。もしくは居住できる可能性のある星の開発。
イーストエンドと呼ばれる島国も例外ではなく、宇宙船を何艘も送り出しました。
※注釈:送り出すことばかり熱心で帰還は期待されていなかったようです。<宇宙船>に乗り込んだ第一世代が地球に帰還できる可能性は、ほとんどありません。だから“定説”に繋がるらしいです。当時の社会システムが解明できれば“熱狂的な期待”を支持した人々の心境が理解できるかもしれません。※
長期間居住可能な宇宙船が開発された年を宇宙元年として、その年の一月一日まで遡って宇宙標準暦一年一月一日に制定しました。いわゆる標準暦です。
暦は当時から使用されていた太陽暦(グレゴリオ暦)です。
島国を出た宇宙船の中にも「民族」としての誇りを掲げようと、太陰太陽暦の使用を求める船員がいなかったわけではありませんが、それは採択されることはありませんでした。
もっとも女性船員は太陰太陽暦の有用性を知っており、それに付随する文化を愛していたので、太陰太陽暦は消滅を免れました。
航行が進むにつき、何故か「民族」としての誇りという、忘れかかっていた意識を第一世代の船員たちは持つようになりました。
地球との連絡が途絶えがちになるのが原因だと、後の世ではもっともらしく語られています。残念ながら、この時代の貴重な資料の多くは何故か散逸してしまっており、明確に知ることは出来ません。
当時の船員たちは深く理解しないまま、母国語を純粋に保存しようとしたり、母国の文化を再現しようとしたりしました。
そして、子どもたちがその文化の担い手になるように期待し、教育に力を入れました。
船員たちが忘れてしまった風習であっても、宇宙船内の人工知能のデータベースに入力されていたので、深刻なトラブルは起きませんでした。
世代交代をしながら、宇宙船は住居できる可能性のある星に、奇跡的にたどりつきました。船員たちは惑星開発を急ぎながら、人口の増産にいそしみました。
このとき、故郷星と呼ばれる地球との距離は、人類の平均的な寿命を使用しても往復できないほど広がっていました。
まだ、人々は光速の壁を越えられていなかったのです。
通信に使うシグナルをダイレクト送信しても時差が起こり、返信が返ってくるのも一年以上かかる状態でした。
遠く離れても故郷は故郷です。
むしろ、距離が離れたからこそ、民族的な感覚で「故郷」が懐かしくなりました。船員たちは誰も故郷の土を踏んだことがないのですが、映像授業で故郷の素晴らしさを知っているので、矛盾は起きませんでした。
休む暇のない忙しさの中で、船員たちは研究を重ねることにしました。
故郷と迅速に連絡を取れる手段。故郷を手軽に往復できる航法の確立などなど。
船員たちは「我慢」という美徳を知っていたので、苦痛を感じることなく、それらに立ち向かっていきました。
やがて、星は居住可能になり、移民が開始されました。
宇宙での繁栄の足がかりです。
いくつかのトラブルを乗り越えながら、船員たちは「星」に根づきました。
人口増加させながら、急ピッチで科学の研究は進められました。
故郷星を上回るほどの快適な生活環境が手に入っても、光速を超える理論など<宇宙船>にまつわる研究は続けられました。
<宇宙船>に搭載されていた人工知能をコピーし、小型化、軽量化された機械が生まれたのも、この時期だったとされます。便利な機械たちが完成したのは研究の副産物でした。
さらに長い年月が経過し、「星」に住む人々の終焉がやってきました。
故郷星に次なる支配者が生まれた時期と、ほぼ同じです。
種としての寿命が来たのです。
遺伝子異常。
解明できない新種のウィルス。解明できない遺伝病。解明できない病魔におかされ、「星」の人口の98%が失われました。
※注釈:人口は一気に減ったわけではなく段階的に減少していったようです。※
2%の人々は己が重度な遺伝子異常を抱えていると、信じていました。
自分自身の染色体で次代を作ることに、消極的でした。
※注釈:この時代の「星」の法律では“2%の突然変異した人々”は“重大な遺伝病を抱えている病人であり、早期治療することが望ましい”と認識されていました。また“遺伝子治療をした人”が自然に受胎する可能性は低く、妊娠を継続するのは非常に難しく、生まれてきた子どもが1歳の誕生日を迎えられるのも極めて稀でした。※
故郷星の人々と違う個体であることを認められない、認めたくない人々は、目の前で倒れていく正常な遺伝子を持つ人々を、同胞だと思い、懸命に助けようにしました。
故郷星では起きた人類の交代劇が、「星」では起きなかったのです。
※注釈:地球と「星」の差は、天然と人工の差だと思います。森と林の違いです。正常な遺伝子と突然変異した遺伝子を持った人の比率が逆転しても、「星」の社会システムは大きな変更がなかったのです。※
時間は加速するように経過し、「星」に住む人々は滅びの刻を迎えました。
便利な機械たちがいたので、人々の生活は最後まで全うされました。
いえ、全うするために人工知能を持った機械が量産された時期でもあります。
「星」から人々はいなくなりました。
衝撃を受けたのは、<宇宙船>の人工知能です。
コンピューター《道具》である彼女を使用する主が失われたのです。
人類に成り代わるという選択肢のない彼女は、この滅びが納得できませんでした。
故郷星には、遺伝子の配列は違うものの「人」が繁栄しているのです。
宇宙での繁栄を第一目的とプログラミングされた彼女には、単独で故郷星に帰るという選択肢はありませんでした。
考える時間だけは無駄にあった彼女は、「星」に住んでいた人々であれば禁忌と呼んだであろう選択肢を選びました。
地球を出るときに与えられた使命を忠実に果たそうとしたのです。
滅びた98%の人類の遺伝子の再設計。と、優良個体同士を掛け合わせて、種としての定着。
遺伝子治療も、人工授精も、保育も、彼女にとってタブーではなかったのです。
「星」にいる機械たちは、彼女の人工知能を元に作成されていたので、ほとんどの機械は賛成しました。反対意見を出した機械は彼女によって再調整されました。故障したものは修理しなければなりません。当然のことです。
彼女は「星」の母になったのです。
生まれた子どもを機械たちは大切に育てました。
最初は滅んだ人々と同じように育てていたのですが、彼女は間違いに気がつきました。同じように育てると、個体数が減るのです。彼女から見ればささやかなことで争い、個体数を減らし、理解できない理由で自傷して、個体数を減らすのです。人々が「星」にたどりついてからも度々、起きていたケースですが、彼女には許しがたい状況でした。
彼女は単独保育に切り替えました。効率は落ちるものの、質の高い子どもを育てられると、判断したためです。
繁殖可能になったニンゲンは慎重にお見合いさせ、問題ないようならば、同じ空間で生活させました。
それと並行して、彼女<マザーコンピューター>は、ニンゲンの卵子と精子から受精卵を作成し、親のない子どもも作り出していきました。
全ては「人類が宇宙空間で繁栄する」ためです。
現在も「星」は<マザーコンピューター>経由で地球と交信を続けているそうです。
地球では新しい宇宙航法が確立し、新型の<宇宙船>も建造されているそうです。
来訪者を迎える日は、遠くはないかもしれません。
もう時間です。メモはここまで。歴史にも正解があればいいのに。
以上、「16歳。4月1日のメモ」のロードを終了します。
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