第三話 城主のブロダ・ソディオの春
「ファーベルル、今年でいくつになった?」
険しい顔で香草茶をすすっていたブロダ・ソディオが言った。
城主一家はよく似ている外見をしている。
いやスプラル平野に住まうみなは似たり寄ったりの姿を持っている。
髪の色も肌の色も瞳の色も。
ファーベルルだけが、それに染まることができずに、変わらなかった。……いや、変われることができなかった。
開いたままの窓から春らしい陽光が差しこむけれども、ブロダ・ソディオを陽気にすることはできなかったようだ。
「129歳です。秋になれば130歳ですね」
ファーベルルは影のように直立したまま答えた。
「長いな」
「そうでしょうか」
ファーベルルは思ったことを口にした。
短いよりも長い方が良い、と思った。
少なくとも女治療師の価値はそこにあった。
「人の一生はかくも短く。星の光と比べるまでもない。百三十年か、長い時間だ。
私はまだ四十と数年しか生きていない。
古くから我が家に仕えてくれるリネでさえ、六十にはなっていまい。
それの二倍以上の年月だ。これは長いというのだ」
サファイヤのような瞳がファーベルルを見据えた。
その眼光は鋭く、かつて剣を握って、先陣を切ったという家系を思い出させるのには充分だった。
少しの欺瞞も許さない公平な姿勢だった。
「そうですか」
ファーベルルは相槌を打った。
「長いな」
ブロダ・ソディオは、もう一度言った。
ファーベルルは、今度は否定しなかった。スプラル平原を治める領主がそういうのだ。平原に住まう人々にとって、それこそがルールになる。
「イレーヌが泣いてばかりいる。困ったものだ。
娘はいつか嫁ぐものだろう。
夏が来れば遊学中のイアスも帰ってくる。そろそろ良き伴侶を見つけて欲しいのだが……」
「イアス様もご立派になられたでしょう」
ファーベルルは口にしたものの、若者姿のイアスが想像できなかった。
マシュー川を離れることに涙に暮れていた少年。
その印象が強すぎた。
考えてみなくても、イレーヌとイアスは似たもの姉弟なのだろう。
「あれも18だ。子どもの成長は早いな」
しみじみとブロダ・ソディオは言った。
「時に、ファーベルル。そなたも……いつかはスプラル平原を出ていくのか?」
心配性の領主は言った。
「秋になれば130歳です。そのような私が、ここを離れてどこへ行くというのでしょうか?
尋ねて歩く先もありません」
最も馴染みの場所がスプラル平原だ。
129年前。国が大揺れした大戦の最中、ファーベルルは流れ着いて、そのまま根を下ろした。
いつでもファーベルルは忌み嫌われ、追い回され、いつでも逃げていた。
安住の地があるはずだと信じて、さまよい続けた暗黒の季節。
ようやく手にした故郷。太陽よりも輝かしい場所だった。
「そうだったな」
つまらないことを質問した、とでもいうように領主はためいきをついた。
「ここが、わたしの終の棲家です」
ファーベルルは断言した。
ブロダ・ソディオは眉をひそめ、口を引き結んだ。
香草茶は頭痛を軽くできただろうか。
女治療師はそんな心配をした。
城館に住まう人たちを健やかに過ごせるようにするのがファーベルルの役目なのだ。
それすらできなくなったら、用なしになってしまう。