The Gift 01

 私は生まれてこの方《黄昏》の誕生日を祝ったことがない。そういうと周囲の人間は首をかしげることになるだろう。容易に想像がつく。あれだけ世話になっているというのに、薄情に映るだろう。私ですらそう思うのだから、事実だった。だからこのことは二人の秘密だった。これからもそうであったし、これからもそうなのであろう。少なくとも《黄昏》が飽きるまでは続くのだろう。
 もともと《黄昏》という人物はドライだ。欲しいものなどないのだろう。欲しいものがあっても自分自身の力で手に入れるだろう。それだけの実力が《黄昏》にはあった。オンラインでもリアルでもそうであった。概ね、周囲から与えられるもので満足しているようだった。実に無欲だと思う。
 私と出会ってからずっとその態度だった。古い友人であるところの《グングニル》がそう語るのだからそうなのだろう。
 そして、今年も《黄昏》の誕生月になった。それを証明するかのように、白い大きな箱が届いた。もちろん私が賃貸契約を結んでいる家に、私がいるであろう時間帯に合わせて、私が受け取れるように的確に。その白い大きな箱の中身は大体、予想がつく。毎年恒例なのだから、今年こそ予測を反しているようにと私は願う。白い大きな箱が届いたことで、今年もまた《黄昏》は飽きていないのだろう。
 いつまで続くのだろう。
 《黄昏》は誕生日を祝われるのが好きなタイプではないようだ。少なくても私の目から見て観点だ。他者から見れば違うのだろう。そう見えるように《黄昏》は振る舞っている。私よりも大人であり、社交性の高い《黄昏》は誕生日にプレゼントを受け取る。そして「ありがとう」という感謝を告げる。それがどんなものであっても一貫としての姿勢であった。私以外の人物にはそうしていた。それが良識のある大人というものだろうし、社会人としては当然であろう。
 携帯電話のアラームが鳴る。
 《黄昏》の誕生日を告げる。
 私は例年通り、立ち上げっぱなしのパソコンに向かう。インターネットのゲームの最中である。慣習に則って私は「お誕生日おめでとう」とチャット欄に送信した。《黄昏》のはインターネットでも人気があるので、私が送った文面などあっという間に流される。そのことを落胆することも、喜ぶこともない。
 そしてかねてからの約束通り、私はインターネットゲームからログアウトする。《黄昏》は私が夜更かしすることを好まない。日付が変わる前には就寝することを望まれている。だから私も《黄昏》の誕生日ぐらいはその望みを叶えていることにしている。
 そして《黄昏》の最も誕生日に近い休日。私は仕事を休む。もともと、仕事中毒気味の《黄昏》と違って私の休日は、繁忙期以外はほぼカレンダー通りだ。しかも周囲の恩情もあり、有給休暇をとってかまわないことになっている。むしろ、そういうことを望まれているような風潮があった。
 白い大きな箱にはメッセージカードが一通入っている。淡いピンク色のカードに日時が書かれている。もちろん筆跡は《黄昏》のものだ。あれだけキーボードを打ち、メールを送信してくる《黄昏》が、わざわざ消すことができない万年筆で書いてくるのだ。私が忘れないための処置だと知っている。私とは違う読みやすい整った文字はまるでお手本のようだった。
 白い大きな箱の中身は、今年もそうであった。《黄昏》というハンドルネームから連想するようなものとは違うものだろう。もちろん戸籍上の名前とも違う。
 だから私は慣れないでいる。そこには白い華美なワンピースと歩きやすそうな白い靴と小さな肩掛け白い鞄が入っていた。そしてビロードの小さな小箱がいくつか。中身は年によって違うが、だいだいはアクセサリーだ。今年は本真珠のイヤリングと淡水真珠のネックレスだった。
 つまり、私は《黄昏》の誕生日に毎年、プレゼントを受けとっているのだ。それは習慣化している。私は指定された日時に合わせて身支度をする。普段は邪魔にならないように結んでいる髪をほどき、淡く色がつく薬用リップクリームを唇にのせる。まるで《黄昏》が送りつけてくるメッセージカードのような色だ。これもまた《黄昏》からの贈り物だ。微かに甘い香りがするのは、私に気を使ってくれたものだろう。仕事の関係上、香りがつくようなものを私がしないと知っているからだ。
 私は指定された時間に間に合うように家を出る。天気は晴れだ。雨の日であろうと、曇りの日であろうと私の心境はお構いなしの慣例ではあるが、おおよそ晴れている。
 駅前の待ち合わせ場所に《黄昏》は立っていた。平日に見るよくある服装だ。《グングニル》と違って、流行を追いかけるということはほとんどしない。私に贈りつけてくるワンピースと違って、ラフなものだ。ライトグレーの色のシャツに、黒のデニムだ。成人男性としても背の高い部類の《黄昏》を見つけることは難しくないのだが、近寄れるかというとまた別問題だ。たいてい人だかりができている。
 なので《黄昏》が近寄ってくることになる。成人女性としては背の低い方の私が見つけてもらうというのも滑稽だが、例年通りだった。申し訳ないと思いつつ、私は好意として受け止めておくことにしておく。
「早いな」
 《黄昏》が笑う。
「時間指定通りだったと思うが」
 私は華奢なデザインの腕時計で時間を確認する。文字盤が読みづらい、しかもアナログの時計だ。こんな時でなければしないであろう品であり、数年前に《黄昏》から贈られた物だ。身につけておくことが礼儀だと、他らぬ《黄昏》が忠告にも似たようなことを言われた。私はそれを忠実に守っている。何故なら社会的な常識を私が逸脱していることの方が多いからだ。
「もう少し待たされると思っていた。
 さあ、行こうか」
 《黄昏》はゆっくりと歩き出す。
「時間指定したのは《黄昏》なのだし、5分前行動をするように言ったのは《黄昏》だと記憶している」
 私は言った。
 背丈も違えば、歩幅も違う《黄昏》と私であるから並んで歩くというのは本来なら、困難なはずなのだが、今までそんな不便を感じたことは、ほとんどない。例外があるとしたら、病院に無理やり連れて行かれる時だ。
 それ以外は、歩調を合わせてくれている。慣れているのだ。もう当たり前の感覚として、私の中である。出会った時からそうなのだから、これから先も変わらないだろう。
「女の身支度っていうものは時間がかかるもんなんだよ」
 《黄昏》は当たり前のように言う。
「待たせるのは悪いだろう」
「待つという楽しみもあるからな」
 《黄昏》は言うと、自然と私の右手をつかむ。他者との接触を極端に苦手とするらしい私にとっては、馴染んでしまった感覚だ。
 いくつかの電車に乗り継ぎ、たどりついた場所は美術館だった。どうやら『バロック』時代の特別展をしているらしい。
 行く場所は、毎年違う。が、共通するのは人気が少ない場所というところだろうか。そして、毎年《黄昏》が望む通りのスケジュールを消化していく。

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