#03
明日のこと、考えんのあんまり得意じゃなかった。
今もそんなに得意じゃないけどね。
あたしがバカだからかもしんない。
セキとカズは違ってった。
頭が良かったから、二人とも。
あたしと全然ちがうんだよね。
おんなじ人間には見えない。
あ、今でも、そう思うよ。
何で、あの二人があたしと遊んでくれるのか、よくわかんない。
***
ご飯、食べるの。
一緒するようになったのって、いつからだったろ?
学校行ったら、どっちかが一緒に食べてくれるの。
あたしの向かい側か隣に座ってさ。
かったるいって思ってたんだけど、学校行くの増えたよ。
何でなんだろ?
よくわからない。
そんなわけで、とりあえず、この日は、セキだった。
「おそよー。
直井サン」
あいかわらずスーツ姿のセキが言った。
語学のテキストを脇に挟みこんで、トレイを持っていた。
「身になんないもん食べてるね」
親でも言わないようなこと言って、あたしのトレイに野菜ジュースを足してくれた。
オレンジ味の紙パックのジュース。
「心ばかりの差し入れ」
セキはドラマみたいな仕草で、これをやるわけ。
これって、女が勘違いしそうなシュチュでしょ?
あたしはもうセキに期待してないけどさ。
顔が悪くないんだし、カノジョになりたい女の子っていっぱいできちゃうから。
実際、セキはテキトーな付き合いをしてたみたい。
「ありがとー」
「どういたしまして」
セキは嬉しそうに笑う。
って言っても「さりげなく」なんだけど。
クセっていうの?
笑い方が違うんだよね。
あたしは物をもらうのが好きだから、ありがたくもらっちゃう。
オレンジ味の野菜ジュースは好きなほうだから。
で、セキは向かい側に座った。
他人を注意しておいて、ヤツのトレイに乗ってんのが飲み物だけだったり、よくって栄養補助食品っていうの? とか、クッキーとか、ゼリーだったりする。
あたしはその辺を突っ込んだりはしないよ。
口じゃ負けるし。
セキはジャケットから携帯電話を出して、電源を切る。
チョー変わってるよね。
このセキの習性っていうの? マナーは、しばらく続くんだけど。
それで、ケータイをトレイの隣に置くんだ。
「前から気になってたんだけど」
「ん?」
「何でケータイ切っちゃうの?」
「食事中だから」
「あたしは食事中でも切んないけど?」
「直井サンに強制したつもりはないけど?」
「何で?」
「不快?」
あたしはちょっと考えた。
イヤってわけじゃない。
ただ、みんなそんなことしないから、気になるだけ。
ケータイ切ってたら、その間に連絡取ろうとしてたコのこと、ムシしちゃうことになるし。
メールだって、届かない。
「気になるの」
「習慣なんだよ。
切らないと逆に気になるの、コッチは」
「フーン。変なの」
「携帯電話は事情お構いなしにかかってくるし」
「カズとか怒んないの?」
ちょっと気になってきいてみた。
二人はよく一緒にいたし。
「昼休みぐらいだからな。
一時間ぐらい連絡取れなくても、困らない。
それに学校の食堂は二箇所だろ?
時間割も決まってるし」
「一時間もだよ。
あたしにとって」
「そのときは、あっちに連絡すればいいだろ?」
「そうだけどさー。
ケータイつながんないと、ムカつかない?」
「全然」
セキはクールに言う。
あたしには、そっちこそ「全然」だった。
ケータイがつながらないって、サイアクだと思うんだけど。
それは今でも変わんない。
「ねぇ、今日、ヒマ?」
「忙しい」
「遊べない?
そろそろカラオケ行きたいんだけどさ」
「一人で行ってくれば?」
「それってトモダチいなさそうじゃん」
「マジ、今日は忙しいの。
バイト入ってるんだって」
「ばっくれちゃえば?」
「あのさ、直井サン。
その分の給料と社会的信頼分の損失額をさ。
俺に出してくれんの?」
「何それ?」
「ギブ・アンド・テイク。
金出してくれんなら、遊んでもいいけど?」
「それって男のセリフ?」
「女が出してもおかしくないだろ?」
「おかしいって」
あたしは言った。
遊ぶお金は、男が出すもの。
そう思ってた。
今までずーっとそうだったし。
割り勘ってこともあったけど、全部、女持ちってことはなかった。
「戸田に頼めば良い。
俺は今日は遊べない」
「仕事のほうが大切?」
「俺と直井サンは、そんな関係じゃないでしょ」
「じゃあ、カノジョに頼まれたら休む?」
「休まない」
「誰だったら、休む?」
「家族」
セキは言った。
そんな答えが返ってくるとは思ってなかったから、ビックリした。
「でも、家族は、そんなくだらないこと言わないけどな」
「セキって、親コン?」
「そうかも」
自然体って感じ。
セキは別に気にした風でもなかった。
「明日の夕方なら、遊べるから。
どうしてもって言うなら、明日だな」
「明日じゃダメだよ」
「何で?」
「明日のことなんてわかんない」
あたしは言った。
明日のことは、明日になってみないとわからない。
かったるいから学校に来てないかもしれないし。
他のトモダチと遊んでるかもしれないし。
約束したって、当てになんない。
気が変わるって可能性は、いっぱいある。
セキは考え込むように、持っていた缶ジュースで宙にゆっくりと円を描く。
ちゃぷんと軽い音がした。
残りはちょっとしかないみたい。
「哲学的だね、直井サン。
でも、考えを改めるほどの説得力はないけど」
セキは肩をすくめる。
「バイトってそんなに楽し?」
「稼いだ金を使うのが楽しい」
「お金なんて、どこからのお金でも変わんないじゃん」
「一回、汗かくような労働したほうが良いと思うよ」
「それってフーゾク?」
「まあ、職業に貴賤はないけどね」
「キセンって何?」
「どんな仕事も尊いっていう詭弁だよ」
「難しそう」
「講義が一コマできるぐらいには、難しいんじゃない?」
「じゃあ、いい」
今日の夕方は、どうしよう。
セキが言ってたみたいにカズを誘おうかなぁ。
とか、あたしは考えていた。
傍に誰かいてくれるのが好きだから、ヒマって好きじゃない。
一人でぼーっとしてるなら、ホテル行くほうが良いし。
あの一件があってから、そういうのは止めたんだけど。
楽だったんだよねー。
理由とかいらないし。
それでこの日の昼休みは終わっちゃった。
「また、明日」
セキはそんなこと言いながら、次の授業へ行っちゃった。
***
午後は出席しなきゃいけない授業とかなかったし。
あたしは、食堂でケータイいじってた。
返事待ちってヤツ。
「浮かない顔してるね。
アユちゃん」
声をかけてきたのはカズだった。
「今日、ヒマなの」
「マジで?
じゃあさ、オレと遊ばない?
良い店、見つけたんだよね」
カズはニコニコと言う。
「ゴチってくれるなら、良いけど」
「もちろん。
女の子に出させたりはしないって」
「セキは出させようとしてたけど?」
「アユちゃんまで、セキ派?
たいがい、女の子って、セキのこと好きなっちゃうんだよねー。
オレってこんなに良いヤツなのに。
ガッカリ〜」
大げさにカズは言う。
それがおかしくって、あたしふいちゃった。
「自分で言う? フツー」
「誰も言ってくんないからさ。
自分で言っちゃいます」
「そんなにセキに女の子取られちゃうの?」
「オフレコね」
とか言いながら、カズは椅子に座る。
さっきまでセキが座っていた席。
食堂のテーブルに頬杖をつきながら、カズは言う。
「ちょっと仲良くなると、女の子が言うんだよー。
セキのこと好きなっちゃった。
どうしようって。
頼られるとオレってイヤって言えないからさ。
ラブレターとか、代わりに渡したこともあるよ」
「えー、サイアク。
自分で渡せば良いじゃん」
「アユちゃんって面白いよね〜。
まあ橋渡し役なんかしちゃうわけなのです」
「フーン。損してるね」
「セキのおかげで女の子に出会える確率が上がるし。
一方的に損してるわけじゃない。
ほら、こうしてアユちゃんと話してるのも、セキのおかげって感じだし」
「そういうもん?」
「というわけで、遊びに行きませんか?」
おどけてカズはきいた。
「いいよ」
特に不満とかなかったから、あたしはうなずいた。
***
もちろんカラオケにも行ったよ。
次の日に、3人で。
わけわかんないでしょ?
あたしにもわからない。
っていうか、明日。とか、約束しちゃうのが不思議なんだけど。
セキもカズも守ってくれた。
あたしは、たまにばっくれちゃうけど。
ドタキャンしても、また約束するんだよね。
その前に、すっごく文句言われるけど。
あー、そういうのは大体セキ。
カズは「しょうがないじゃん」とか言って、かばってくれた。
良いヤツだと思うよ。カズは。
優しすぎちゃうけどね。
←Back Table of contents↑ Next→