ホワイトデー


 2月14日が女の子にとって大切な日のように、カッコつけたい男にとって3月14日も大切な日だ。
 増永陽馬だって緊張している。
 無事にデートの約束は取り付けている。
 紬は控えめな笑顔で応じてくれた。
 むしろ、労われてしまった。
 柔らな声で。

 疲れていない?
 大丈夫?
 無理をしていない?

 と、訊いてくれた。
 カノジョなんだから、もっと我が儘を言ってくれてもいいと思う。
 陽馬がカレシなんだから、もっと頼ってくれてもいいと思う。
 紬はいつでも一歩、後ろを歩いている。
 卑屈さとかじゃなくて。
 媚びへつらっているんじゃなくって。
 もっと深い気持ちで。
 寄り添ってくれている。
 いつだって陽馬のことをよく見ていてくれるし、自分勝手な感情を押しつけてこない。
 優しい人ってこんなカンジなのかもしれない。
 その隣は居心地が良すぎる。
 だからこそ、陽馬はずっと紬の隣にいたいと思う。
 そんな陽馬の部屋のローテーブルには小さな紙袋が載っていた。
 紬が好きだと言った青のリボンを店員さんに頼んで、特別にラッピングしてもらった。
 陽馬が結ぶよりも美しい蝶々結び。
 きっと丁寧に綺麗な指先が解くのだろう、と想像する。
 そうであって欲しい。
 飾り物でしない、で欲しい。
 一月前の2月14日に紬からコーヒー味のチョコレートを貰った。
 ギフト用にラッピングされたそれは、珍しいものだった。
 国内の大手メーカーのものでも、時期的に並べられる海外からのブランドでもなかった。
 一年に一度。
 チョコレートのコミケだと言われてショコラティエが集まるような場所で、限定的に販売されているものだ、とパッケージとブランド名で知った。
 今年は本命チョコよりも自分へのご褒美チョコの方が2倍以上の差をつけて購入された、とネットで話題になっていただけに、かなり意外だった。
 貰えただけでも嬉しかった。
 たとえ国産の200円程度のチョコレートだって。
 2月14日に紬から貰った、ということが陽馬にとっては重要だったから。
 値段で価値が決まるわけじゃない。
 誰が、どんな気持ちで贈ってくれたことが重要だ。
 紬がはにかみながら

「陽馬くんの口に合うと嬉しい。
 頑張って選んだつもりだから、いいなって」

 と言った時は、それだけで天にも舞い上がる気持ちだった。
 想いを形にしてもらえたのだから、陽馬だってもっと形にしたかった。
 バイト代で購入したプチジュエリーとカラフルな金平糖。
 お菓子言葉なんて、とりあえずマシュマロはダメだろうぐらいな知識しかなかった。
 スマホで調べて、その中から陽馬はあえて金平糖を選んだ。
 星の形をしたような小粒な和菓子は紬の好きな青も入っている。
 目で見て楽しめるし、賞味期限も長いからゆっくりと消化できる。
 コーヒーに入れて溶かしても楽しいだろう。
 アクセサリーは紬の好みもあるだろうし、変なものを贈って困らせては悪いと思って1カラット程度の貴石が入ったネックレスにした。
 プリンセスと呼ばれるレディースでは標準的な長さのプラチナのチェーンだ。
 ちょうど鎖骨の辺りに石がくる長さだ。
 服の下に隠しておくこともできるし、夏場で装いが軽くなれば綺麗なラインと一緒に見られるかもしれない。
 紬の21歳の誕生日に用意したアクセサリーと一緒に紙袋に入れた。
 あの時は受け取ってもらえなかったし、それ以降もチャンスはなかった。
 ホワイトデーに便乗すれば紬だって断らないだろう。
 三倍返し、とか。
 大昔のフレーズもある。
 こういった王道のイベントごとでもなければ、形に残るような物も贈れないチキンだった、と陽馬は苦笑いをしてしまう。
 せっかくカレシカノジョの関係になった、と言うのに。
 前途多難、とはこのことだろうか。

「チェーンか……」

 貴石の付いたネックレスなんて、女の子だって自分のお小遣いで買える程度のアクセサリーなはずだったけれど、ラッピングしてくれた店員のお姉さんの意味深な言葉を思い出してしまう。
 無難だ、と思ってた。
 宝石と呼ばれたり、パワーストーンと呼ばれる貴石には石言葉があって、慎重に選ばなければいけないぐらい、だと陽馬は思っていた。
 女の子たちは、そういったことに男よりも敏感で、こっそり気にしているぐらい、で。
 まさか金属にも。
 ネックレスのチェーンにも意味があるなんて、陽馬は想像もしたことがなかった。
 意味は『束縛』。
 店員のお姉さんが冗談めかして教えてくれて……それでも陽馬は贈り物を変更する気が湧かなかった。
 かなり自分は嫉妬深いらしい。
 往生際が悪い、とは知っていたつもりだったけど。
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