クリスマス


 以前は大型連休も長期休暇も好きじゃなかった。
 紬に会う口実がなくなったからだ。
 なにせ接点は同じ大学に通うだけのオトモダチだったのだ。
 不自然にならずにデートらしきものに誘うのも月一ぐらい限度。
 学食で昼ご飯を一緒に食べているだけで、噂になっていた。
 ゼミナールも違えば、学科も違う二人が一緒にいるのは不自然すぎるぐらいの不自然。
 それでも陽馬の方が声をかけて、一度約束を取りつけてしまえば紬が異論を挟むことはなかった。
 陽馬の行動から周囲にはバレバレだったが、純粋培養の天然ものの紬は何も気がつかずに、あの日を迎えたわけだった。
 そして晴れてカレシカノジョの関係になったわけだったが、壁というものは何枚もあるということに痛感させられる。


 休日のカフェの窓際。
 店内の暖房だけではなく、大きく取られた窓ガラスから差し込むあたたかな光に紬は包まれていた。
 二人の交際がスタートしたての時は、とんでもない噂……というか、言い過ぎを通り越した悪意のこもった言葉や誹謗中傷では? と陽馬が思うほどの言葉に紬はかけられていた。
 陽馬の観測範囲の中ですらそうだったのだから、女の子同士であればもっと陰湿な話をチクチクとされていただろう。
 学校内でテキストを胸に抱えて、うつむきながら足早に歩く紬の姿を何度も見た。
 ちょっと距離のある場所から通っているとはいえ、大学に三年間も在籍しているのだ。
 それなりの友人関係はあるはず。
 同じ講義を受けていたりして、仲良くなる場合だって少なくない。
 紬の姿を目で追うようになってから、紬が孤立しているのは分かった。
 話し相手がいないわけではない。
 ノートの貸し借りは頻繁だった。
 同じゼミナールの同級生とは一緒に図書館に行ったりして資料集めをしている姿も見た。
 でも、いつでも紬は一歩引いていた。
 極めつけは学食で昼ご飯を独りで食べていた姿だった。
 独りが好きだから、という理由には到底見えなかった。
 最初は完全なるおせっかいだった。
 陽馬の自己満足から、声をかけた。
 知っている女の子が独りぼっちなのがかわいそうに見えたのだ。
 陽馬の周囲には何故か、バカ話をするような男友だちだけではなく、女の子もいた。
 その中の誰かと接点を作って、一緒に昼ご飯を食べるような仲になってもらえばいいかなぁ~ぐらいの軽い気持ちだった。
 独りで静かに食べていた紬が、陽馬と食事の間は嬉しそうに微笑んだ。
 まるで花が咲いたようにパッと笑ったものだから、庇護欲というか、情というか、湧いてしまったのだ。
 紬が本当に嬉しそうに笑うものだから、飽きることがなく、いつまでも見ていたいと思った。
 そんなことをくりかえしていたのだから陽馬側の好意など、周囲には筒抜けになるのは、笑うしかないトコなのだろう。
 交際宣言をしたわけでも、ペアリングなど派手なことをしたわけでもないが、お付き合いを始めたのは、瞬く間に大学中に伝播した。
 恐るべきネット社会。
 光の速度は地球七周半。
 その言葉にうなずかせるにふさわしい広がり方だった。
 これが祝福されたものだっり、親愛が込められた多少のいじりだったら、陽馬だって気にしないところだった。
 バカバカすぎるほどのことをやった自覚ぐらい陽馬にもある。
 何故か、紬の容姿や性格を歪曲して、二人は不釣り合いだという話ばかりだったのだ。
 冷たい風を遮るガラスの傍でコーヒーを味わいながらゆっくりと飲む紬がブスだと思ったことは一度もないし、卑屈で暗い性格だと考えてみたこともなかった。
 着る服に無頓着というタイプではなく、真逆だ。
 流行の最先端というわけではないが、自分に似合う質の良い服を着ていて、自慢をしないだけだ。
 年頃の女の子らしくメイクだって手を抜かずに、ケバすぎず、嫌味にならないようにしている。
 これでブスなら、女の子のほとんどがブスだろう。
 カノジョがコーヒーを楽しむ姿を堪能しながら、陽馬はそんなことを思った。
「どうしたの? 陽馬くん」
 不思議そうに紬が尋ねた。
 まさか見とれていました、とかベタでキザなことを言ったら紬に変な緊張感を与えるだけだろう。
「紬ちゃん、24の夜とか、外出できそう?」
 陽馬は念のために尋ねてみた。
 メールで確認してもいいような事柄だったが、まあまあ無難な話題だろう。
 付き合って初めてのイブなのだ。
 一緒にイルミネーションを見るなんて、王道展開すぎる。
 が、紬はカチコチに固まってしまった。
 お付き合いを始めてからこんな調子だった。
 学食で昼ご飯や放課後の一息。
 あるいは休日の昼間のデートに紬が断ることはない。
 『夜』となると露骨に警戒するようになった。
 オトモダチだった頃の方が気軽にノッてくれた。
 フツーにお酒が提供される場所に一緒に出歩けていたのだ。
 異性として意識されている証拠といえば証拠なのだが、この鉄壁のガードを何とか崩したいと陽馬は切実に思ってしまう。
「終電までなんて言わないから。
 ちょっとイルミが綺麗なトコに行ってみない? と思ったんだけど。
 混雑するようなスポットは選ばないし、風邪を引いたら大変だから、長時間外に出ているわけじゃないけど」
 陽馬は笑顔で提案する。
 紬はコーヒーカップに丁寧に置く。
 普通だったらそれなりの音がするはずだったけど、カフェのBGMでかき消されてしまったのか、陽馬の耳には届かなかった。
「お父さんが良いって言ったなら。
 私の家、クリスチャンじゃないけどクリスマスは『家族』で祝うものだったから」
 紬は困ったように言う。
 紬の父親とは交際を始める前から何度も顔を合わせてきた。
 お付き合いを始めてから、きちんと挨拶もした。
 本命だったし、大切にしたいカノジョだったから筋を通したつもりだった。
 タメの成人した大学生同士が付き合うのに、親にわざわざ挨拶するってのだって前時代的だと思ったけど、軽い気持ちじゃないと証明しておきたかった。
 当たり前というか、予想通りに異性交遊に厳しすぎるお父さんという壁が存在していた。
 結婚の許しを貰いに行ったわけでもないのに、どこの馬の骨とも分からない男に可愛い娘はやらない、というオーラがにじむどころか、隠してもいなかった。
 何年前の価値観!? ぐらいのジェネレーションギャップを陽馬は感じた。
 幸いお母さんの方が友好的でフォローを入れてくれておかげで、こうして親公認のカレシカノジョという関係になったわけだけど。
 何重にもある壁の前でめげそうになるけど、イマドキ絶滅危惧種のピュアな女の子を独り占めにすることができるという特権をゲットできたので、ガマンだろう。
「頑張ってお父さんを説得してみる」
 いつものように紬は陽馬の目を見て言った。
 大人しくて、控えめだけど、三浦紬が意外に芯が強く、打たれ強い。
 誠実で、心優しく、平等で、女の子にありがちな悪いところなんて一切持ち合わせていないような綺麗な女の子だった。
 マザーグースの一文にあるように『砂糖とスパイス。それと、素敵な何か』で三浦紬はできている。


   ◇◆◇◆◇


 24日の夜。
 雪が降るような地域に住んでいないのだから、その夜は快晴。
 空から雪が降ってくる代わりに、地上では星のようにイルミネーションがきらめいていた。
 基本的なLEDだけではなく、紬の好きな色の青の電飾で飾られた小さなツリーもあった。
 いつもよりもちょっと厚着をした紬は可愛くて、ふわふわもこもこした。
 さわったら気持ちよさそう、と純粋に陽馬が思うぐらいには、冬毛になった小動物のように映った。
「陽馬くんは何歳ぐらいまでサンタクロースを信じていた?」
 イルミネーションに縁どられた紬の横顔を見ながら
「けっこう遅くて、小学校上がるまで」
 陽馬は答えた。
 それが白く残ったのだから、ホッカイロがあるとはいえ、そろそろ切り上げないといけないだろう。
「私は今でも信じているの」
 紬は夢見るような眼差しで言った。
「フィンランドには手紙を書けば返事をくれるサンタさんがいるでしょ?
 サンタになるために玩具屋さんに行くお父さんやお母さんがいる。
 みんな『サンタさん』だって思っている」
 紬は陽馬を見て微笑んだ。
 本当に曲がらないいい子なんだな、と陽馬は再確認する。
 LEDがかすむぐらい紬はキラキラしている。
「紬ちゃんは今年もサンタさんからプレゼントをもらうんだね。
 日付が変わる前に帰る、って約束だし」
 陽馬は明るく言った。
 終電ギリギリまで飲んでいても大丈夫だったオトモダチの距離から遠ざかったけど諦めるしかない。
 クリスマス用に点灯されたイルミネーションに喜ぶ紬の笑顔は可愛かった。
 夢中になっているのをいいことに、陽馬はナイショでフォトを撮った。
 携帯電話の待ち受けにすることはないけど、データーとして残しておきたい。
 毎年、家族で過ごしていた、と紬が言ったから、イルミネーションのスポットとしてはこじんまりとした場所を選んだ。
 恋人同士よりもファミリー層向けだったし、ターミナル駅周辺だからと会社員が横目で見ながら通り過ぎるような場所だった。
 女の子たちが憧れるような有名どころじゃなかった。
 男がかっこつけて連れて行くような場所でもない。
 明滅をくりかえすLEDだったけど時間が時間だったから、かなり閑散としている。
 それなのに紬はめいっぱい喜んでくれた。
 綺麗だと呟いた紬に『君の方が綺麗だよ』なんてテンプレのセリフを口走るところだった。
「お父さんサンタは卒業したの。
 説得は大変だったけど、今年は陽馬くんがサンタさん。
 プレゼントをたくさんありがとう。
 連れてきてくれて嬉しかった。
 私のことを考えてくれたって伝わってきたから、本当に素敵なクリスマスになったよ」
 紬は言った。
 イブにクリスマスイルミなんてベタだ。
 晩ご飯に入ったところだって、ファミレスでは高い方だったけどチェーン店だ。
 食後のデザートに期間限定のパフェを紬は大切に食べていた。
 真冬にイチゴなんて贅沢、と言いながら。
 渡したプレゼントだって持って帰る時に楽なように、クリスマスコフレだ。
 定番すぎるし、凝ってもいない。
 女の子がカレシに求めるラインとしては最低に近いクリスマスイブだ。
 紬にとって初カレで、二人にとって初めてのクリスマスデートだったのだから、もっと記念的な、考えたデートコースにするべきだったと陽馬は後悔した。
 LEDに照らされた紬が綺麗なほど、その後悔は大きくなるばかりだった。
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