増永陽馬
「増永~、お前、三浦から振られたってホントか?」
月曜日に大学に顔を出したら、一発目に言われたセリフがそれである。
どれだけ噂になっているか、分かるようなものだった。
内気な紬が自分から話したとは考えられないから、ルートが知りたいと増永陽馬は思った。
「ウルサイ!
まだ振られてないからっ!」
陽馬は訂正した。
「まだ?」
友だちは不思議そうに首をひねった。
当然といえば当然の反応だろう。
これから先、この手の揶揄うような話が続くと思うと朝からブルーになる。
そこまで鋼メンタルしていない。
豆腐やスライムよりはマシだが人並みには傷つくのだ。
他人よりも顔に出にくいだけで。
「紬ちゃん、完全にオレのことオトモダチだった」
自分で言っていて傷を抉るように陽馬は答えた。
がっくりするような一夜だった。
フツー、女の子の誕生日の夜に飲みを誘った段階で、イケると思うのでは?
男だったら、そう思うだろう。
だいたい三回目のデートが相場、って言うだろうし。
誕生日だよ、誕生日。
と、陽馬はためいきをつく。
普段よりもお洒落をしてきてくれた紬が可愛かったのは異論がないので、そこはそれでよかったけれども。
「はぁ?
あんなに増永がエコひいきしていたのに?
それで気が付かないとか、国宝とか、レッドリスト並みの鈍感だろ?
マジ、うける~」
ノリの軽い友だちは陽気に言う。
本気で楽しまれていることが分かって、思わず腹を刺したら面白いかもしれない。
そんな不穏な考えが陽馬の脳裏によぎる。
「いいの。
彼氏候補にしてもらえるようにコクったから。
これから先は男として意識してもらえるように頑張る」
仕切り直しだ、と思って陽馬は言った。
完全に脈なしだと思ったけど、その後の紬の話を聞いたら、まだ希望があることが分かった。
イマドキ、男と付き合ったこともなければ、告白もされたこともない、とか貴重な存在すぎる。
手ぐらいは繋いだことはあるだろけど、それもオトモダチ感覚までしかない、ということだ。
最初に出会った時の印象そのままの、ピュアさだ。
大人しそうな女の子に見えたし、話していて一生懸命な子だとも思った。
自分の自慢話ばかりしていくる子たちと違って、陽馬の話をいつでも聴いてくれて、程よく相槌を打ってくれた。
食事をするマナーもよくて、ガサツなところもない。
映えを気にする女の子はせっかくの料理が冷めたり、温くなったりするのに、撮影会をしたりするし、すぐにSNSに投稿するためにスマホを片手に食事をしたりする。
一緒に食事をしている陽馬にとっては、幻滅する瞬間でもあった。
紬は、そういうことを一切しなかった。
かきこむように食べずに、よく噛んで味わって、美味しいものは「美味しい」と笑う。
謙虚といか、控えめだから、嬉しそうにする時に浮かべる笑顔はスマホに撮影して、ロックをかけたいぐらい可愛かった。
現在進行形で、それは思っている。
気持ち悪そうだったし、嫌われそうだから、実行に移していなけれども。
「まあ、頑張れよ~。
結果を楽しみしているからさ」
気楽に友だちは言う。
「オレ、めっちゃ頑張る」
陽馬は断言した。
「賭けの対象が増えるな~。
やっぱ決め手はイブ?
女の子、イルミとか好きでしょ。
ダメだったらクリスマスにデートとかないだろうし」
友だちは笑いながら言った。
「そういうこと。
念入りに、デートスポットを探します。
紬ちゃんは人混み苦手そうだから、ちょっと穴場を見つけなきゃ。
電車もキツいだろうしね」
陽馬は未来への希望をもってにこやかに微笑んだ。
クリスマス・イブまで、まだ時間はあるのだ。
それまでに、ゆっくりとステップアップしていけばいい。
さすがに告白したのだ。
異性として意識はしてもらっているだろうから、今日もさりげなく学食で一緒に昼ご飯を食べるというのが目標だ。
ここで不用意に避けられなければ大丈夫。
第一、朝にスマホに送った「おはよう」のスタンプには可愛いスタンプで返事が返ってきているのだ。
陽馬を振るつもりなら、そういうことはしないだろうし、できないだろう。
昼まで会えないのは残念だったが、仕方がない。
合コンで連絡先の交換ができていなければ、この展開はなかったのだ。
陽馬は機嫌よく一歩を踏み出した。