14.夜桜
薄ぼんやりと春の宵を彩る桜花。
ソメイヨシノは白すぎる。
桜と呼ぶには、色なき花びらは、葉を茂らせる前に咲き、風に散る。
春の到来と共に散る花は、今年は咲かなかった。
「年老いたのか……」
宗一郎は庭の中でも一際、どっしりとしている樹の幹をふれた。
日差しを遮るように、葉を茂らせる桜。
今年はどういうわけだか、花を咲かせなかった。
かといって、枯死したわけではない。
一心に枝葉を広げる様子を見れば、瞭然。
「咲きたくなかったのか……?」
樹に問いかけても、答えが返って来るはずもない。
涼しげな木陰を提供する樹に、宗一郎はもたれかかる。
庭師でもわからぬことだ。
専門知識を持たぬ少年がわかるはずもない。
樹木を友とする時代は、遠く過ぎ去った。
年々、制限されていく能力に不便を覚えながら、維持するための努力にも限界を感じていた。
村上が女系なのは、故がある。
男性は異能を持つことが極めて稀であり、その能力は十代後半をピークに衰えていくのだ。
女性は一生の加護があるのだから、性差は大きい。
宗一郎は瞳を伏せた。
どれ程の修行を積もうと、これ以上の力を得ることはできない。
それどころか、異能は薄れていくばかりだ。
「神」の子から、「人」の子になるのだ。
宗一郎は重責を肌でひしひしと感じていた。
価値のない自分は、燈子を守ることができるのだろうか。
人外の生き物と人が同居していた時代の「神」の子。
大きすぎる異能を持つ少女を、世間からどう守れば良いのだろうか。
少年は無力すぎた。
それでも、と思う。
「宗ちゃん!」
火の粉がはぜるような元気な気配に、宗一郎は瞳を開ける。
庭伝いに燈子が駆けてくる。
用もないのに燈子が入り浸るようになって、もう半年近い。
以前は用がなければ、絶対に母屋に来ることがなかったのだから、著しい変化だった。
「逢いたかった」
燈子は顔のパーツを全部使うようにして笑う。
毎日の登下校も一緒で、クラスも一緒だ。
家族と過ごす時間よりも長い時間、一緒にいても足らないと思うのは、どうしてなのだろう。
一秒でも長く一緒にいたい。
一緒にいられない時間が、永遠に感じるのは何故なのだろう。
胸に湧き起こる切ないまでの、水のように透明で、青い感情に何と名づければ良いのだろう。
「ああ、そうだな」
宗一郎は同意した。
自由でいられる時間は、あまりにも短い。
何も選ばずにいられる「自由」は、失われ始めている。
「この樹、どうしたの?」
大きな瞳が桜も見る。
「今年、花をつけなかったから、心配してただけだ」
宗一郎は言った。
燈子は、樹の幹に耳を当てる。
星を宿す大きな瞳が静かに伏せられる。
その仕草があまりに綺麗だったので、少年の心臓は高鳴る。
「きっと、もう少ししたら咲くよ。
今年中に、咲くよ」
ささやくように燈子は言った。
パッと瞳を開けて、宗一郎に笑いかける。
「そうしたら、お花見しようね」
嬉しそうに燈子は言った。
「ああ、そうだな」
宗一郎はうなずいた。