11.涙
とーこが泣き虫なのは、お母さんが泣き虫だからです。
この日も、お母さんは泣きました。
涙いっぱいで、雨降りです。
「燈子」
振り返ると、少女の父がいた。
「ごめんな」
慶事は娘の隣に座ると、その小さな頭を抱き寄せた。
コトンと燈子の頭が慶事の肩に乗る。
宗ちゃんみたいだ。と、燈子は思った。
「燈子は、今、不幸せかい?」
慶事は不思議な訊き方をする。
少女は、別段不幸せだと感じていなかったので、首を横に振った。
「そうか。
それは良いことだよ。
世界には悲しみと苦しみがあふれている。
それを感じていないというのは、とても幸福なことだよ」
静かに慶事は話す。
「幸せじゃないの?」
燈子は不自然な体勢に疲れてきたので、体を預けてしまう。
「ああ、少し違う」
慶事は笑みをこぼす。
「幸せと幸福は違うよ。
満足と、これ以上ないくらい満足ほどに差があるんだよ」
「どっちが良いの?」
小さい燈子には、難しい事柄はよくわからない。
特に父のような話し方は、燈子には難しすぎた。
燈子は顔を曇らせた。
「人によるね。
お腹八分目でやめる人とお腹いっぱい食べる人。
どっちが幸福かは、本人次第だよ」
「とーこはお腹いっぱいの方が好き!」
元気に燈子は答える。
「で、とーこは今、お腹いっぱい?」
「えーと、ちょっと空いている」
無垢な少女は自分のお腹と相談してから、答えた。
「悲しい?」
「ううん。
まだ、すっごくお腹が空いていないから、ご飯は食べたくないよ」
「そういう風に、幸せは曖昧なんだ。
有り過ぎても、無さ過ぎても、いけない。
とても、曖昧なんだ」
噛み締めるように慶事は言う。
その視線は遠い場所を見ていた。
「お父さんは、今、どんな気分?」
「ちょっと、曇り空。
もしかしたら、雨が降るかも。
でも、晴れて天使の梯子が見えるかもしれない。
曇り空も悪くないよ」
慶事は娘を見て、微笑んだ。
とーこはよく笑います。
それはとーこのお父さんがよく笑うからです。
そんな二人の子どもで、とーこは不幸せではありません。