9.雪の結晶・1
寺島家の離れ。
跡取り息子の光治の勉強部屋は、2DK。
ちょっとした家ぐらいのサイズである。
「手狭でゴメンね」
家主は笑顔で紅茶を出す。
「はあ」
困惑したように背の高い少女が笑う。
「美咲さんは、紅茶は好き?
これは、スリランカの紅茶なんだけど。
やっぱり、緑茶が良いかなぁ?
それとも、コーヒー党?」
光治は笑いながら、美咲の前に紅茶の入ったマグカップを置く。
「燈子ちゃんには、ミルクティー」
「寺島先輩、今日の紅茶は?」
燈子は無邪気に訊いた。
「今日は、面倒だったからクォリティーブレンドにしちゃったよ。
美咲さんがどんな味が好きか、良くわからなかったしね」
光治は笑顔で答える。
「美咲さん、紅茶は嫌い?
それとも、夕方以降はカフェインを摂らない主義?
淹れなおすよ」
「いいえ。
高そうだな、って思って」
紅茶なんて、ティーバックしか飲んだことない美咲は硬い表情のままだった。
「そんなに高くないよ。
50gで千円もしないから」
光治はサラッと言った。
「いや、高いです。
十分です」
つい、美咲は突っ込んだ。
「僕、お茶道楽だからさぁ。
お茶淹れるのが好きなんだ。
遠慮せずに飲んでよ。
宗一郎が来たら、また淹れるから」
「村上君、来るんですか!?」
「今日は、ちょっと遅いけどね」
光治はチラリと柱時計を見た。
「とーこと宗ちゃんはここでお話をするの」
嬉しそうに燈子が言う。
ああ、それで。燈子はこんなに嬉しそうなのか。と、美咲は納得した。
それから、一口お茶を飲む。
「美味しい」
思わずこぼれた言葉に、光治は幸せそうに微笑んだ。
それから、一時間後。
「美咲さん、席を外してくれるかな?」
またもや強引にニコニコ笑顔の先輩に外に連れ出される。
連れてこられたのは、外。
渡り廊下の途中、お手伝いさんらしき人にすれ違う。
「おやおや。
若さん、女連れとは」
クスクスと老齢のご婦人が笑う。
「これには深い事情が。
お喜代さん、離れに玉露を出しといて。
二人分ね」
「わかりました。
後でばれてもお喜代は知りませんよ」
「大丈夫。
言い分けは考えてあるから。
期待していてね」
「はいはい」
老婦人はうなずくと、母屋の方に消えていった。
外は雨が雪に変わっていた。
「悪いね。
こちらの都合で、連れまわしちゃって」
光治は軒下に用意されていたベンチに座るように促す。
美咲は断る手間も面倒だと考え、竹で出来たベンチに腰を下ろした。
「これからも、協力してくれるかな?」
雪の降る向こうばかりをみて、先輩は言った。
吐く息も白い。
言葉も凍る寒さ、とはこのことだろうか。美咲は脈絡のないことを思った。
「じゃないと、ここに君を置いていってしまうんだけど。
君、……土地勘ないよね。
家まで無事、帰りたいよね?」
振り返り、ニコニコ笑顔が言った。
「それ、脅しって言いませんか?」
美咲はつい強気に言ってしまった。
「そうとも言うね」
光治は言った。
……美咲には、断る方法が見つからなかった。