5.霧雨
空から糸のように細い雨が降り続く。
「雨は泣き顔」
燈子がそう歌っていた。
それは、ずいぶん昔のような気がした。
宗一郎は、ガラス戸を開けっ放しにして、外の風景を眺めていた。
廊下にシャンシャンと鈴の音が響く。
誰が来たのかわかる。
宗一郎は意識的に背筋を伸ばした。
「宗一郎さん、入りますよ」
そう言ったのは早与子。
宗一朗の母である。
「訊きたいことがあって、参りました」
早与子は宗一郎に対峙するように縁側で正座をした。
「はい」
仕方なしに、宗一郎は母の方に体を向けた。
「燈子ちゃんが最近、こちらに来ないのはどうしてかしら?」
母と呼ぶのには抵抗があるほど、若い美人は言った。
「燈子も、もうすぐ17歳。
友だちと語らい、時に遊びに興じる年頃でしょう。
同世代の同性の友人は、人生において心強い味方となるでしょう」
宗一郎は言った。
「あら。
学校にやらなければよかったのかしら」
早与子は小首をかしげて言った。
同じ仕草でも、燈子とは違う。と、宗一郎は感じた。
母のそれは造り物じみていて、不自然だった。
「燈子は籠の鳥ではありません。
彼女にも人格があるんです」
宗一郎は母の目を見た。
まるで暗黒のようにぽっかりと口を開けて待つ闇色の双眸。
「人の言葉を話す、カナリアも良いわね。
歌の忘れたカナリアの末路はご存知?」
コロコロと早与子は笑う。
「悪趣味だ」
宗一郎は苦々しく断言した。
「燈子ちゃんは、宗一郎さんのためにいるのよ。
それを忘れて、他の男と不義を重ねるようなら、山上が許さないわ」
早与子は断言した。
霧雨が降り続く。
雨降りは、空の泣き顔。
じゃあ、今 泣いているのは誰なのだろう。