1.青空
土手を学校帰りの高校生が二人歩いている。
黒い学ランに、濃紺のセーラー服に、おそろいの学生カバン。
入学したての頃はピカピカだったそれらも、少しくたびれ始めている。
「ねえ、宗ちゃん」
ウサギが跳びはねるような歩き方をする少女――燈子が声をかけた。
めんどくさそうに少年――宗一郎は、少女の方に目だけをくれてやる。
「ん?」
「空が青いね!」
燈子はこれ以上ないと言わんばかりの笑顔で言った。
屈託なく、まるで赤ん坊のような笑顔。
「ふん。
くだらない」
宗一郎は吐き捨てるように言うと、彼の視線は前を向いた。
「ああ〜!
今、当たり前だ! とか、思ったでしょっ!」
燈子は少年の制服の裾を引っ張った。
宗一郎は、答えなかった。
その愛想をどこかに忘れてきてしまった顔に変化はなかった。
「空が青いのは、当たり前じゃないんだよぉ」
燈子は全身で訴えるように言う。
宗一郎はためいきで返事をした。
「だって、夕焼けは赤いし、夜は真っ黒でしょ。
曇りの日は、灰色。
空が青いのは、晴れた日の昼間だけなんだよ」
歳よりも幼い心を持つ少女は言った。
世紀の大発見だと言うような口ぶりだ。
宗一郎は、少女の頭は軽く撫でた。
「当たり前だろう。
今は、昼間で空は晴れている。
だから、空が青いのは」
少年は無愛想に言う。
「……三段論法は危険だって、この前、寺島先輩が言ってた。
とーこみたいなお子様ランチは、だまされちゃうって」
少女は唇をとがらせる。
少年の手がスッと離れた。
「?」
燈子は目を瞬かせた。
「光治先輩の言うことの方が信用できるのか?
ならば、光治先輩と一緒に帰れば良いだろう」
真面目な少年は、告げた。
「だって、寺島先輩と帰る方向、逆だもん」
燈子は断言した。
「送ってもらえば良いだろう」
宗一郎は不機嫌に言う。
「宗ちゃんと、とーこの家はお隣同士でしょ?
小さい頃から、そうだったんだし。
どうして、今さら別々に帰らなきゃいけないの?」
本気で燈子は言っていた。
「……。
そうだったな」
宗一郎は言った後に、ためいきをついた。
それっきり、口を引き結んでしまい、帰り道を真っ直ぐに歩く。
わき目も振らずに……とは、いかないが。
「あ、宗ちゃん」
燈子は川の向こうを指差す。
つられて、燈子の白い指先の示す方向を見る。
「空、青いの終わっちゃうね」
寂しそうに燈子は言った。
気がつけば、日は傾き、陽光は琥珀色がかっている。
日が沈んで、夜が来る。
少女の言葉を借りれば、青いのが終わる。
「そうだな」
宗一郎は言った。
幼子がするように、燈子は空に小さく手を振る。
「急ぐぞ。
小母さんが心配する」
宗一郎は燈子の小さな手を引っつかむ。
その華奢さに、握ったら壊れてしまうんじゃないかと、ヒヤッとした。
「空さん、また明日〜!」
元気に燈子は空に向って叫ぶ。
恥ずかしいからやめてくれ。と宗一郎は心の中で思った。