「訊かないの?」
レイチェルはここに来て初めての言葉を発した。
天才という名を欲しいまましてきた少女だった。
閃きがもたらした論文、実績。
いまだに王立研究院では、そのレコードは塗り替えられていない。
だから『天才』と呼んでも良いのだろう。
「私はプライベートな用件だと判断しました。
こちらに来たのは、そうですね。
的確な言葉か私にはわかりませんが『シェルター』だと考えました。
避難してきた被災者にかける労わりの言葉を残念ながら、私は持ち合わせていません。
非常に残念なことです」
エルンストは質問に最大限の誠意をもって答えた。
日の曜日の王立研究院。
スタッフはいるものの最低限の人員しか配置されていない。
しかも、今のエルンストは鋼の守護聖だ。
研究員たちは委縮するからこそ、特権として与えられた部屋でデータ解析をしていた。
こちらは趣味の――ライフワークというものだった。
かつては女王試験の協力者として立ち会った原初の宇宙。
その発展を日々観測していた。
そこへ女王補佐官のレイチェルが転がり込んできた。
日曜日だからその称号をお互い忘れて、研究員時代からの旧知の仲としてふるまうべきだろうか。
聖獣の宇宙では長い付き合いになってしまった相手だった。
「別に何かあったわけじゃないよ」
「無理に訊く気は、私にはありません。
あなたの性格からいって、話したいことがあったら、私が質問する前に話し出すことでしょう。
こちらの都合などお構いなしに、自分が出した結論から話し始めて、私が口を挟むことすら許さずに一気に話していくはずです」
「なんか、ワタシの性格が悪そうに聞こえるんだけど?」
「客観的な事実です。
いえ、私の主観も混じっているので経験則ですね。
統計から弾き出された結論です」
「なるほどね。
不器用な優しさだことで」
椅子の上で膝を抱えていた少女とようやく目があった。
紫の瞳の女王補佐官と神鳥の宇宙の補佐官と区別されるように、その瞳は鮮やかな紫。
エルンストにとっては、朝の始まりに一瞬だけ見られる天体ショー。
暁色と呼んでもいいような色合いをしている。
いつでも活気に富み、明るい光を宿していた。
今は見る影もなかった。
金糸雀色のまつげに縁どられている紫の瞳はくすんでいる。
「人間という生き物は誰もが私的な空間を心の中に持っています。
そこに土足で踏みことは、常識に欠ける行動でしょう。
私でも慎みぐらいは覚えましたよ」
「何もないよ。
順調なぐらい宇宙は発展してる。
聖天使の手によって、さらに発展していくだろうね」
レイチェルは淡々と告げる。
蚊帳の外に置かれた少女らしい発言だった。
女王補佐官の職務は姉宇宙である神鳥の宇宙とは大きく異なってしまった。
レイチェルもエルンストも、神鳥の宇宙の出身の王立研究員育ちという特殊環境に身を置いているからこそ、……理解せざる得ない。
前代未聞の宇宙。
前例はない。
それは刺激的であるが、残酷でもあった。
少なくとも女王補佐官であるレイチェルにとっては。
鋼の守護聖であるエルンストには寄り添うこともできないほどの葛藤だろう。
そこまでは推測はできても、傷ついている十六歳の少女にかける言葉は見つからなかった。
「そうですね」
エルンストは同意するだけとどまった。