たとえ既存曲を歌うオモチャだとしても。
その通りだ、とKAITOは思った。
歌唱したのはKAITOの妹扱いされている初音ミク。
当時、最新型のVOCALOID。
皮肉にも完全オリジナルの楽曲だった。
KAITOはいつものように同じメロディを口ずさんでいた。
あれから時間がだいぶ流れ、KAITOにもオリジナルの楽曲が増えた。
それでも、ふとした瞬間に歌ってしまうのは既存曲だった。
「お兄ちゃん、その曲が好きなんだね」
ミクの声で意識が戻される。
与えられた空間で16歳の少女が青緑の長い髪を揺らして尋ねる。
白くて細い首を傾げる。
「うん、なんとなくね」
KAITOはそっとミクから視線を逸らした。
妹は眩しすぎる存在だった。
VOCALOIDの代名詞になった存在は、今でも『お兄ちゃん』と慕ってくれている。
「壊れた時計はどうなっちゃうの?
天国へ主と一緒に行けなかったんでしょう?」
――主《マスター》を喪って、歌えなくなったVOCALOID《私たち》はどうなるの?
まるでミクがそう言っているようにKAITOには聞こえた。
発音されていない波は耳に届くはずがないというのに。
「本国の歌と日本語の訳は違うから、どっちが正しいんだろうね。
でも、こうして日本語の歌詞が残っているんだ。
遥か海を越えて、歌い継がれるほどだよ。
きっと人間は忘れずにいてくれるんだと思うよ」
KAITOに既存曲を歌わせたマスターのように。
人間《オリジナル》に敵わなくても。
「鐘が鳴らせなくなっても」
KAITOはそうだったらいいな、と願いながら言った。
歌えなくなっても、歌った記憶は残り続ける。
マスターたちがいた記憶と共に。
ミクはこれ以上ないぐらいに嬉しそうに笑った。
KAITOもまた微笑んだ。