天子の飛翔の刻

 よく晴れた空を見る度に曹叡は思い出す。
 ある日の父の言葉を。
 文帝と曹叡自身が贈った偉大なる曹魏の皇帝と交わした短い会話を――。


 父は忙しい人だったから、話す時間を取ってくれたことが曹叡には嬉しかった。
 雲ひとつない夏空のような旗袍をまとった父は天を仰いでいた。
 曹一族独特の蒼焔の瞳を見上げることはできなかった。
 それでも父の背中を見ながら、曹叡は言葉ひとつ聞き落とすまいと胸を弾ませていた。
「叡。鳥は生きるために空を飛ぶそうだ。
 飛べなくなった鳥は死が待っている、と聞く」
 激することのない口調で父は言う。
 空を飛んでいく鳥が曹叡の飴色の瞳にも映った。
「我らは飛び続けなくてはならない。
 民のために」
 慈愛に満ちた声で曹丕は告げる。
 親が子を慈しむように。
 天子は民を愛する。
 青い旗袍に、あるいは曹魏の旗に縫い留められているのは鳳凰。
 ――鳥だった。
 曹叡は喉を詰まらせる。
 袖の中でぎゅっと拳を握った。
 父の子というだけで玉座が譲られる。
 そういった期待の中で曹叡は育った。
 傲慢にも民草のことなど考えたことがなかった。
 空の下でそよぐ青草の一本、一本について考えを巡らせたことなどなかった。
 父の教えに曹叡は何度も頷いた。
 何度も心の中で反芻して、かみ砕いた。
 紛うことなき天子である父に少しでも近づけるように。
 青空に鳥が渡っていく。
 生きるために。
 たった一羽で。
 それは孤独な戦いだった。
 自由に空を舞っていると思っていた鳥はもっと重たいものを背に乗せて、過酷な道を歩んでいるのだ。
 この光景は生涯忘れることができない想い出になるだろう。
 母親譲りの飴色の瞳に灼きつけた。


 今でも曹叡は、偉大な父の背を追いかけ続けている。
 果てのない夢だ。
 玉座に座り、それでも夏の青空を思い起こす。
 何度でも。


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