この季節になると日が沈むのも早くなる。
頬を撫でいていく風に冷たさが混じっているのを感じる。
もっとも景色は正反対だ。
せわしくなく街を行きかう人々の顔には笑み。
街は明かりで煌めき、クリスマスまでをカウントダウンしていく。
有川譲が育った場所は恋人たちにうってつけのデートスポットが多かったから、余計に目についた。
そんな自分に胸の内で苦笑をしながら、譲は荷物を抱えなおす。
晩ご飯の買い出しと、らしくないラッピングをしてもらった紙袋。
紙袋の方は渡す機会はあるのだろうか。
……兄も一緒のクリスマスパーティーの時だったら、ありえそうだった。
いつだって幼なじみの三人組は仲良しで、いつも一緒。
その輪が崩れ始めていることも知っている。
危ういバランスを保っていた天秤は傾き始めている。
もう追いかけっこをして遊ぶような歳ではなくなった。
有川将臣の弟。
高校に入学して以来呼ばれ続ける名前のまま、譲は弟のままだった。
譲はふさぎこみがちになる考えを振り払うように首を振った。
だからこそ、その姿に気がついた。
「先輩!?」
ほんの数メートル先にいる幼なじみに譲は気がついた。
制服姿の春日望美はコートどころか、マフラーすらしていない薄着だった。
「あ、譲くん!
奇遇だね。
晩ご飯のお買い物?」
望美は長い髪を揺らして近づいてくる。
「はい。そんなところです」
「譲くんのご飯、美味しいもんね。
毎日、食べている将臣くんが羨ましい」
望美はにこにこと笑いながら、兄の名前を自然に呼ぶ。
今ここにはいない人物を。
それが譲の胸の中に淀んだような苦い想いをにじませる。
「こんな時間まで帰宅していないなんて珍しいですね」
譲は望美の話の腰を折る。
「ちょっと放課後、クラスメイトと話が盛り上がって。
施錠するから出ていけって先生に言われるまで、話しちゃった。
お母さんに怒られそう」
失敗をした子どものように望美は言う。
「隣だから送っていきますよ。
怒られるようなら、俺からも言います」
「えー、なんか悪いなぁ。
譲くんのせいじゃないのに」
望美は言った。
「さあ、帰りましょう」
幼なじみをうながすように譲は歩き出した。
同じ歩調で望美もついてくる。
「先輩、ずいぶんと薄着ですね」
気になっていたことを譲は切り出した。
「けっこう、あったかいけど?
厚着をすると動きづらくて。
男の子は良いよね」
「気持ちは分からなくもないですが、女性は体を冷やしてはいけません」
譲は忠告をする。
「私を女の子扱いするの、譲くんぐらいだよ。
クラスメイトも男女とか。
生まれてくる性別を間違えてきたとか。
だから恋バナすら理解できないって文句を言われたばっかり。
この時期でしょ?
みんな恋人だったり、好きな人とクリスマスを過ごすことを頑張っているみたい」
望美は空を仰いだ。
辛い時や泣きたい時の幼なじみのクセだった。
弱音を吐かないように。
泣かないように。
顔を上げる。
それから、一呼吸してから譲に笑いかける。
「髪を切ったら、たぶん間違われるんじゃない?
スカートを履いた男子生徒だって」
明るく望美は言った。
打ち明けてもらえない立場も。
一つとはいえ年下だという事実も。
譲には嬉しくなかった。
「そんなことないですよ。
先輩は女性です」
好きな女の子を『先輩』と呼ぶ。
本音を見透かされないようにかけている眼鏡が他人のように冷たく感じた。
「クリスマスには少し早いですが」
ラッピングしてもらった紙袋から譲は取り出す。
「メリークリスマス」
大判のストール。
店先に売られていたウール混の白いストールは穢れのない雪の結晶のように見えた。
譲は薄着の望美を包みこむように巻く。
想像していたよりも年上の少女に似合っていた。
「軽くて、あったかいのに、手触りもいいんだね」
確認するように大判のストールに望美はふれる。
感情豊かに、じんわりとした微笑みから、満開の笑顔になる。
「ありがとう、譲くん!」
望美は朗らかに言った。
「気に入っていただけたのなら充分です。
たまたま目に入って、先輩に似合いそうだと思ったら、買ってしまいました」
譲は正直に告げた。
「大切にするね!」
「安物ですからワンシーズンで充分ですよ。
使い倒す勢いで使ってください。
風邪を引いたら心配ですから、体を冷やさないでくださいね」
譲は目を細めた。
「うん、気をつける。
譲くんには、どんなクリスマスプレゼントにしようかな。
リクエストとかある?」
目をキラキラと輝かせながら望美は言う。
街の明かりも、星すらもかすませる笑顔だった。
「気持ちだけで充分です」
譲は自分だけが見ている景色に満足を覚える。
クリスマス前の街は煌めいていて、鮮やかで。
それ以上に、好きな女の子は輝いていた。
まるで白い満ちた月のように。
従う星をかすませるほどに……綺麗だった。