私の望んだ運命

「あんな自分勝手な人いなくて清々していますよ」
 一つだけ年下の幼なじみが言った。
 眼鏡越しに真っ直ぐと落ちていく夕陽を見ながら。
 隣を歩いていた望美はスクールカバンをギュッと握る。
 生まれた時から知っている場所。
 三人で育った場所。
 けれども、今は一人分欠けている。
 それを選んだのは望美自身だ。
 後悔はしない。
 とは言い切れなかった。
 どれだけ『運命』を上書きしても、辿りつきたい未来は一つだけだったのだ。
 どんな選択肢を跳んで。
 たくさんの失敗をして。
 それでも、隣を歩いている幼なじみが生きている未来を選んだ。
 平穏な、現代に帰ってきて。
 元のような高校生活を送ることを望んだ。
 代償がなかったわけではない。
 望美が捻じ曲げた『運命』だったから、完全には元には戻らなかった。
 一番の後悔は、たった一人だと選んだ『運命』の人を苦しめていることだった。
「譲くん。
 将臣くんは譲くんの『お兄さん』だよ」
 望美は泣きたい気持ちに隠して、笑った。
 異世界の京へ行く前は隠し事なんて苦手だったのに。
 嘘なんてすぐにバレたのに。
 得意になっちゃった。
 本当に上手になった。
「先輩まで『有川弟』だって言うんですか?」
 譲は立ち止まった。
 真剣なまなざしは望美に注がれる。
 自分よりも小さかった男の子はいない。
 ずっと身長も高くなって、もう望美が守る必要はなくなった。
 たとえ苛立ちであっても。
 八つ当たりに近い感情であっても、真剣な瞳に映れる『今』が望美には嬉しかった。
 望んだ世界だった。
 喪って初めて気がついた感情だったから、もう二度と喪いたくない。
「将臣くんが自分勝手なのは、私は思うけど。
 大切な幼なじみなのは変わらないよ」
 たとえ、もう二度と会えなくても。
 有川将臣という現代高校生にとって三年間は短くなかった。
 離れ離れになった時間の分だけ、情やしがらみから抜け出せなくなった。
 望美と同い年の幼なじみは、もう大人になって、自分のことを自分で決めて、責任を持った行動ができるようになってしまった。
 それは仕方がないことで、どうしようもないことだった。
 でも、大切な幼なじみだった、という事実は望美の中では変わらない。
「そうですよ。
 あんな自分勝手な人は知りませんよ。
 こっちの気持ちなんて考えていないんです」
 譲は言った。
 きっと望美がかけてしまった呪いだろう。
 目の前の命が喪われる前まで、何度も無邪気に『三人で一緒に元の世界へ帰ろう』と口にしていたのだから。
 歪めてしまった『運命』を何も知らないのだから、怒るのも当然だろう。
「二人きりの兄弟だったんだよ」
 それを引き裂いたのは望美自身だった。
「これから私たちは将臣くんがいないことを確認しながら生きていくんだね」
 新しい呪いの言葉を望美は上書きする。
「……そうですね。
 きっと嫌になるぐらい長いですよ」
 譲は苦いコーヒーでも飲んだ時のような顔をした。
「それぐらい私たちには大切な人だったんだよ、将臣くんは」
 望美は言った。
 気の遠くなるほど長い間。
 三人ではなくなった幼なじみのことを考えるのだろう。
 きっと死が分かつまで。
 龍神の逆鱗を手放した望美は、もう二度と運命を上書きすることはできない。
 これからの未来は変えられないのだ。
 ただ……二人きりになった幼なじみなのだから、欠けた相手を憎み、想い、永遠のループの中にいることだろう。
「譲くんは、自分勝手に私から離れないでね」
 望美は背が高くなった幼なじみを見上げて微笑んだ。


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