願いは一つだけ

 直前までウキウキしていた。
 元の世界に戻ってこれて、大切な人ができたから。
 その人と手を繋いで歩いていられる場所に帰ってこれたから。
 でも、きっとこの選択は間違いだったんだ。
 高倉花梨は泣くのをこらえて思った。

 1月15日。

 お父さんにはいい顔されていないのを知っていながら、花梨は制服姿のまま幸鷹の家に訪問した。
 大事にラッピングした袋を持って。
 千年の時を超えて出会った初恋の人。
 その人の誕生日だった。
 お祝いできることが嬉しくて、ドキドキしながら、お小遣いの中から一生懸命に選んだ。
 喜んでもらえるといいな。
 ちょっぴり不安を抱えながら、それでも幸せの方が大きかった。
 大学生は冬休みで、幸鷹は在宅中だった。
 花梨を歓迎してくれて、紅茶も振舞ってくれた。
 恋人同士の二人きりの大切な時間……のはずだった。
 それなのに、今は苦くて、涙をこらえるので精いっぱいになってしまっている。
 花梨は膝の上に乗せた手をぎゅっと握りしめる。
 一年に一度の誕生日なのに、幸鷹は誕生日を忘れていた。
 花梨のようにまだ子どもと違って、大人の幸鷹にとって記号だからじゃない。
 戻ってきたばかりで日常に馴染むために、忙しかったからではない。

 誕生日、という概念を忘れ去るぐらい異世界で過ごしていたからだ。

 花梨が誕生日の祝いの言葉とプレゼントを渡したら、幸鷹は心底、驚いた。
 サプライズが成功したのだ、と勘違いして、花梨は喜びかけた。
 そんな気持ちはあっけなく砕かれた。
 穏やかに幸鷹は微笑んでプレゼントを受け取ってくれた。

「京では正月に歳をとるために、誕生日というのは特に祝わないものです。
 しかも正月は宮中行事が立て込みます。
 私はこの世界に帰ってきたんですね。
 祝ってくれる人がいるのは得難いです。
 それが愛する女性であればなおのこと」
 自然に幸鷹は言った。
 花梨は素直に喜べなかった。

 こっちに帰ってきて本当に幸鷹さんは良かったの。
 我が儘を言って、無理に連れ来ちゃったんだ、私。

 自分の誕生日なのに、花梨の知らない時間の異世界の話をするほどに、幸鷹が馴染んでいることが分かった。
 半年しかいなかった花梨とは違う。
 人生の半分ぐらいは過ごした世界だ。

 故郷、だったんだ。
 それを私は奪ったんだ。
 龍神の神子なんて顔をして。
 こっちじゃ、ただの高校生で。
 何の力もなくって。
 守られるだけの子どものくせに。

「花梨のおかげですね。
 ちょうど良い節目になりました。
 私の世界はこちらなのだ、と感じました。
 最高の誕生日プレゼントですよ」
 幸鷹は微笑む。
「大したものじゃないんです。
 でも、幸鷹さんに喜んでもらえて嬉しいです」
 花梨は頑張って笑った。
 泣きたいのをこらえて。
 自分勝手な我が儘に振り回したことに、勝手に後悔していることを隠して。
「このような寒い時期に私は生まれた、と再確認しました。
 雪でも降りそうですね。
 京では正月は、こちらの春に近いですから。
 一月以上は感覚が違いますね」
 幸鷹は疑いもなく言った。
 だからこそ、これ以上の責め苦はなかった。
「そうなんですか」
 花梨は頷いた。
 異世界にいたのは半年だ。
 季節なんて、あまり考えたことがなかった。
 それに五行が乱れて、それを修正することばかりに奔走していた。
 毎日がせわしなくて、それどころじゃなかった。
 異世界に行ったことも、神子だと言われたことも、資質を疑われたことも。
 全部が全部、大変だったのだ。
 慣れないことばかりなのに、できて当然と求められた。
 心が折れなかったのが不思議なぐらい辛かった。
 泣き言を言えるような相手もいなかった。
 ようやく全部、終わらせて、日常が帰ってきたのに。
 今は……もっと辛い。
 誰にも言えない秘密を抱えたまま、花梨は微笑むしかなかった。
「花梨の誕生日には何が良いですか?
 ……選ぶ楽しみがありますね。
 こうしてサプライズしていただけたので、当日まで何を渡すかは内緒にしておきましょうか?」
 幸鷹は幸せそうに言う。
「幸鷹さんが傍にいてくれるだけで充分です」
 花梨は心からの願いを言った。

 もし、誕生日が来たら。
 それまで一緒にいられたのなら。
 ずっと手を繋いでいられたのなら。
 それだけでいい。
 だから神様、この幸せを取り上げないでください。

 花梨は望んだ。


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