ビターチョコレート

 幸せは香り高いビターチョコレート。
 甘いだけではない。
 ほんの少しだけ大人の味。
 口の中でゆっくりと溶けて、苦みが残る。
 それをディアーナは知ってしまった。

 冬の雪が二人を隠したように。
 足跡をつけずに手と手を取り合って海へ出た。
 初めて見た海は青く。
 風は塩の味がした。
 単純な喜びだけではないものが胸の中にずっと存在した。
 それこそビターチョコレートの後に甘いミルクティーが欲しくなるように。
 ……幸福になりきれないのは残してきたモノが多すぎるから。
 この人でなければならない。
 そう信じて、ディアーナはその手を取った。
 運命の人だと思った。
 たくさんの裏切りに繋がることを知っていながら、すべてを捨ててきた。
 王女としての冠も。
 絹のドレスも。
 称号も。

 誰も二人の名前を知らない小さな村に落ち着いた。
 その中でディアーナはささやかな幸せを知った。
 慣れない暮らしは何もかもが新鮮で、何もかもが初めてだった。
 狭いベッドの中で今日あったことを話しながら。
 明日、起きたらやってみたいことを語り合いながら。
 手を繋いで眠るのは王宮の広すぎる豪華なベッドで独りきりで目を瞑るよりもずっと良かった。
 本当に小さな幸せだった。

 人を愛することだけで許されない罪になることをディアーナは初めて知った。
 けれども選んでしまったのだ。
 言葉にできない罪の意識は深く沈んでいく。
 いやでも後悔をしてしまうから。
 忘れようにも思い出してしまうから。
 故国を、家族を、友人を。
 ディアーナの周りにあったすべてのキラキラとした輝きを。
 成人して一年も経たない少女には、何もなかったと割り切れるほどの大人になりきれていなかった。
 だから、せめてもと今日も笑って過ごす。

「おままごとはお終いだ」

 粗末な木戸の扉を開いて使者が告げた。
 紫がかった青い長い髪が目に飛び込んで来た。

「……シオン」

 そう幼なじみの名前を呟いた声は、どこか安堵していた。
 ディアーナもまた、ホッとしていた。

 終わることを望んでいた暮らしだった。
 心のどこかで甘いミルクティーを求めていた。
 やはり砂糖が欲しくなるほどの子どものままで、ビターチョコレートには早すぎた。
 ディアーナはセイリオスをじっと見上げた。
 自分によく似た紫の瞳も似た光をやはり宿していた。


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