当日になってから気がつくこともある。
正確には、もう当日になってしまったということだけ。
藤原芽衣は自分の部屋として与えられた元倉庫の一室で盛大なためいきをついた。
聞き耳を立ててるような人物はない。
魔法研究院の問題児として隔離状態なのだ。
院の中での交流関係はめちゃくちゃ狭い。
この世界での保護者のキール=セリアンだけだ。
芽衣を間違って召喚してしまった責任を取る形で、保護者役をしてくれている。
最初は毒舌で冷たくて取っつきにくくて、付き合いづらい相手だと思っていた。
この世界にはエーベという名の美しい神様がいるらしいが、ハッキリ言って神頼みもできないぐらい頼りがないと感じていた。
くじ引きでもして決めたのか。
サイコロで転がしたのか。
そんな偶然だけで、運命が決まってしまったような気がしていた。
芽衣は何度も。
すぐに帰してほしい、と言ったし。
こんな世界に来て嬉しくない、と零した。
キールは表情ひとつも変えずに、「悪かった」ただ謝るばかりだった。
自分自身も魔法を学んでいけば、元の世界に帰るのは困難だと知った。
春から半年も過ぎた頃には、ここで居場所を作るしかないとも諦め半分に考え始めた。
精いっぱいエンジョイしようと。
楽しまなければ損だと切り替えるようにした。
というわけで、本日は2月14日になったばかり。
元の世界であればヴァレンタインデーだ。
こちらの世界に似た文化があるのも知っていた。
バレントデーというらしいが、一緒にしてもいいだろう。
当然の帰結として、芽衣も17歳の女の子らしくチョコレートの準備をしていた。
材料自体は簡単に手に入った。
喫茶店でパフェがあるような世界なのだ。
高級食材だったり、入手困難だったりするのかと不安になったけれども、あっさりと材料が手に入った。
保護者にお世話になっている意味を込めて義理チョコレートを贈るのは間違っていない。はずと芽衣は思っていた。
文化の違いがあったとしても、この際、無視だ。
元の世界にはあった伝統行事だと言ってしまえばキールも黙って受け取ってくれるだろう。
が、肝心のチョコレートの見た目も味も食感もイマイチなのだ。
電子レンジもなければ、オーブンもない。
元の世界では単純にできた作業の数々がとんでもない工程があると気がつかされた。
チョコレートを刻むのだって、包丁で細かくしなければならないし、チョコレートを溶かすために電子レンジに入れることなどできないから、お湯の入ったボールの上で水気のないボールでゆっくりと溶かしていかなければならない。
チョコレート職人の手間暇がしっかり身に染みた。
ヴァレンタイン当日の深夜。
朝になったらキールに挨拶をしに行かなければならない。
保護者に挨拶をするだけではない。
この世界で芽衣が馴染むように、魔力が暴走しないように、魔法を上書きしてもらうためだ。
魔法研究院で最高位の緋色の肩掛けを許されたキール=セリアンしかできないのだ。
歪な形のチョコレートの前で敗北感を味わいながら芽衣はためいきをつくのだった。
エーベの神様とやら恨みながら。