恋してる

「最近、綺麗になったと思わない?」
 麗らかな昼下がり。
 夢の守護聖が世間話の一環として切り出した。
「はあー」
 向かい側でお茶を飲んでいたルヴァは曖昧な返事をした。
「美しさをもたらすオリヴィエ様が言うんだから間違いなし」
 極楽鳥の異名を持つ守護聖は太鼓判を押す。
 見とれるほど優雅な手つきで、ティーカップをソーサーに置く。
「お茶のお代わりはいりますか?」
 ルヴァは居心地が悪くなって尋ねた。
「恋をしている証拠だね」
 オリヴィエは真っ直ぐルヴァを見つめた。
「恋ですかー。
 その手の話題は、もっと相応しい方たちがいるのではないでしょうか?」
 ルヴァは困りきって笑顔を浮かべる。
「まったく、ルヴァはのんびりしているね。
 横から奪われちゃうかもよ」
 楽しげにオリヴィエは言った。

 トントン。

 話題を断ち切るように、ノック音が転がった。
「こんにちは」
 金の髪の女王候補が元気に扉を開いた。
「気持ちの良い挨拶ですねー」
 助かったという気持ちで、ルヴァは立ち上がる。
「邪魔者は退散するね。
 頑張るんだよ。
 応援しているんだから」
 オリヴィエは手をひらひらと振りながら、立ち去る。
 入れ替わる形でアンジェリークが入室する。
「お話中、お邪魔してしまってごめんなさい」
 少女はぺこりと頭を下げる。
 金の髪がきらきらと輝きながら零れ落ちる。
「大丈夫ですよー。
 それで、今日のご用件は何でしょうかー?」
「これを返しに来ました。
 とても、わかりやすくて、ためになりました」
 アンジェリークは本を差し出した。
 大陸の育成について、少し踏みこんで書かれた本だった。
 民の増やし方がわからず右往左往していたのは、もう過去のことだ。
 一歩も二歩もリードしていたロザリアに並んでいる。
「ありがとうございました」
 にっこりとアンジェリークは笑った。
 ルヴァの脳裏に、オリヴィエの言葉がよみがえる。

 恋をしている証拠だね。

 確かにアンジェリークは綺麗になった。
 少女を輝かせているのが恋なのだろうか。
 それは素晴らしいことなのだろう。
 青年の胸の奥に言いようのない感情が渦巻いた。
「ルヴァ様?
 どうかしましたか?」
「あー、すみません。
 ちょっと考え事をしていました。
 お役に立てて光栄ですよ」
 ルヴァは本を受け取り、元あった場所に戻す。
 彼女は女王候補で、自分は守護聖だ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 試験の最中に不謹慎だった。
 しかし女王試験がなければ出会うきっかけすらなかっただろう。
 少女はスモルニィ女学院の生徒だったが、聖地に来る理由がない。
 ルヴァとは係わり合いのない人生を歩んでいただろう。
 そう思うとこの巡り会いは皮肉だった。
「お茶でも、どうですかー?」
「良いんですか?
 嬉しいです!」
 アンジェリークの表情がいっそう明るくなる。
 ルヴァは目を細める。
 少女の背中に息づく翼が広がるのは、遠くない未来だろう。
 黄金の翼が開く時、自分はどんな気持ちでそれを見送るのだろうか。
 新しいティーカップを用意しながら、ルヴァは思った。


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