聖獣の宇宙の女王補佐官殿のご機嫌は今日も麗しく。
常春の楽園で何やら画策中。
そのことに鋼の守護聖として即位したての男性はそっとためいきをついた。
最初の出会いは王立研究院の研究生同士だった。
かたや天才、かたや秀才。
どちらも最短ルートで研究院のチケットを手に入れた。
二度目の出会いは女王候補とそれの協力者。
わずか16歳の少女は故郷よりも何よりも親友を選んだ。
女王になれなくても、それを支える補佐官としての道を選択したのだ。
それで、エルンストとの縁は切れるはずだった。
神鳥の宇宙の王立研究院の主任である自分と聖獣の女王補佐官である少女と道は交差しないどころか、平行線にもならない。
聖地にいる人間は時間から切り離される。
世俗に合わせた時間の中で長い勤めは果たせない。
力が尽きるまで、宇宙を支える続ける。というのは思ったよりも過酷で、残酷な決断をさせるものだ、と当時は思ったものだ。
金糸雀色の髪を揺らして、紫の瞳の女王補佐官はやってきた。
健康的に日に焼けた手には薄型のタブレット。
予測不可能な天候のように乱入してきた少女は
「聖なる夜に願い事はないの?」
と唐突に質問をした。
ノックはあったが、エルンストが入室の許可を出した覚えはない。
女王補佐官の方が立場が微妙に高いのだから、マナー違反ではないだろう。
しかも聖獣の宇宙から選ばれた3人の守護聖と比べれば、付き合いは長い。
お互いの性格はある程度、把握している。
しかも研究生時代からの顔見知りということを考えれば腐れ縁もいいところだ。
「ありません」
非礼を咎めずにエルンストは簡潔に答えた。
格式や伝統というものはある程度、残しておこなけれなならないのだろう。
一度、喪われれば復活させるのは難しい。
理解はしているが、当事者になってみるとそこまで割り切れない。
エルンストは紙を使った書類に羽ペンでサインをしていた。
ペーパレスが当たり前の時代で、本人確認のためにタブレットのペンを持つことが稀にあったとしても、キーボードを打鍵し続けたのだ。
かなり仕事環境としてはやりづらい。
「もう、この身は『神』です」
エルンストはためいきをついた。
守護聖とは『神』だとあがめていた研究生時代。
平凡な惑星で生まれ育ったために、それが当たり前だと思っていた。
時間から切り離されて、宇宙を育んでいくためにサクリアを使う。
体を構成する遺伝子は同じだとしても、同じ人間だとは思えなかった。
「女王陛下に祈れば良くない?」
レイチェルはあっさりと言った。
聖獣の女王陛下は温和で親しみやすい性格をしている。
が、エルンストは違った意味で引っかかりを覚えた。
少女は女王を愛称で呼ばなくなった。
公の場であれば当然の配慮だろうが、用件は非常にプライベートだというのに。
「あなたは祈りますか?」
「まさか。
じゃあ、アルフォンシアは?」
「聖獣ですか。
……やはり回答は同じです」
エルンストは少しずれた銀縁の眼鏡を定位置に戻す。
「ふーん。
つまんないね」
「そういうあなたこそ、叶って欲しい願い事はないのですか?」
眼鏡越しにペールグリーンの瞳は少女の輪郭を捉えようとする。
「この天才に?
何でもできちゃうチョー有能な女王補佐官さまに?」
言葉遣いは明るく朗らかで、勝気な表情もそのままだった。
嫌味に取られかねない発言すら、尊大に感じずに許せてしまう自信が漂っていた。
「ないのでしたら、結構。
聖獣の宇宙も平和でしょう」
「もちろん♪」
「ですが、レイチェル・ハート16歳の少女には何ひとつ願いはないのですか?」
エルンストは本題を切り出した。
鋼の守護聖として即位して、まだ短い時間だ。
他者と関わりを避けて、機微に疎い自分でも気がついた命題だった。
「エルンストらしくない」
かつては暁色だと思った瞳は陰りのある紫。
朝の天体ショーの中で見られる一瞬の光。
夜が明けて、一日の始まりを意味する色。
それが少女の瞳の色だとかつてのエルンストは思っていた。
「観察は研究員に求められる一番の資質です。
基礎もいいところですね。
……気がつきますよ」
エルンストは味気のない泥のように薄いコーヒーを飲んだ気分で言った。
「まだ経験不足かな。
30過ぎたおじさんには負けるよ」
「それぐらいしか、あなたに勝てる要素がありません。
それで願いは叶いそうですか?」
「エルンストだったら……データさえそろえば、確率計算が出来そう?」
「叶いそうにないから、人は……祈るのでしょうね」
「そういうことだよ。
ホント困っちゃう」
薄型のタブレットを抱きしめて、レイチェルは微かに笑った。
どんな願い事か、エルンストには理解できなかったが、少女の分まで祈っておきたいと思った。
祈る対象もいない、というのに。