本質は変えられない

 聖獣の宇宙が、姉宇宙の神鳥の宇宙のコピーである必要はない。
 そうは思っても、ここまで違うと途惑ってしまう。
 固定観念は危惧するべきだと思っていたが、あまりの違いにエルンストは疲労していた。
 まだ若い宇宙だ。
 それを統べる女王も、補佐官も若い。
 聖天使になったエトワールとて若い。
 30の男には自分よりも半分近く歳を重ねていない少女たちの価値観に馴染むことができずに、ためいきをつかないように我慢するのが精いっぱいだった。
 宇宙統べる女王たちは今日も、忙しそうに働いていた。
 これが宇宙に関する重大ごとであれば『勤勉』だとエルンストも評価をしたことだろう。
 けれども看過できずにいた。

「何か言いたそうだね、エルンスト」
 紫の瞳の女王補佐官は、エルンストを見た。
 謁見の間で見るような伝統的で神秘的なロングドレス姿ではなかった。
 惑星にいるティーンエイジャーたちが好むような都会的かつ機能的な格好だった。
 だかららこそレイチェルが16歳の少女らしく見えた。
「熱心だと思いまして」
 エルンストは端的に答えた。
 視線を転じれば、成人男性でも大きいと考えるほどの針葉樹林があった。
 それに華やかなモールや飾りつけをしているのは女王陛下と聖天使だった。
 こちらもレイチェルほどではないが、動きやすく、年頃の少女らしい恰好をしていた。
「でしょ?
 遠慮なく、もっと褒めてくれもいいんだよ」
 レイチェルは闊達に笑った。
 エルンストが言った言葉が皮肉に近い事実だと理解した上で、天才は気にせずに流す。
「聖なる夜もパーティーですか」
「もちろん。
 守護聖は強制参加だから、抜けられないと思ってね。
 鋼の守護聖さま」
 レイチェルはエルンストの背中を軽く叩く。
「女王陛下主催のパーティーを欠席するほど不真面目ではありませんよ」
 振動でズレた眼鏡を指で定位置を戻しながら、エルンストは答えた。
「これからは伝統にするからよろしく。
 神鳥の宇宙にもあった文化なんだから、残さなきゃ」
 紫の瞳はツリーに注がれる。
 どこか寂しそうに聞こえたのは『天才』には馴染みの薄い文化だったからだろう。
 早い段階から研究員として期待されてきた少女だ。
 最年少、と残したレコードの数々はまだ上書きされていない。
 そしてエルンスト自身にも馴染みの薄い文化だった。
「あなた方がそう決めたのなら、従うだけです」
 たとえパーティーの最中にトラブルが起きても、それなりの意義を見出せるだろう。
 かつてのように時間の無駄遣いとは思わない。
「絆みたいなものかな。
 ちょっと距離は離れちゃったけど。
 神鳥の宇宙で生まれ育ったワタシたちが神鳥の宇宙がかつてあった場所で作った母系の惑星たちだからできることでしょ?」
 朗らかにレイチェルは言った。
 心の底に沈む感情は16歳で時を止めてしまった少女にとって、どのようなものだろうか。
 イレギュラーの重なりとはいえ、自分の体が時間から切り離されたことは感じているはずだ。
 守護聖になったばかりのエルンストにはまだ理解できない感覚だった。
 来年、またこの季節になったら解が見つかるだろうか。
「異論はありません。
 願うことがあるなら平穏に終了することですね」
 エルンストは飾りつけられていくツリーを見やる。
「それはちょっと難しい願い事だね。
 きっと賑やかだよ」
 隣の声は楽し気に弾んでいた。
「年寄りにはきついのですよ。
 もう、あなた方ほど若くありません」
 エルンストはためいきを飲み込み、苦笑をした。
 サクリアが尽きるまで務めが果たせるとはいえ、精神の劣化は防ぐことはできない。
 エルンストは自分人の中から『30歳の男性』という認識が拭えないでいる。
「おいおい慣れていくよ。
 同じぐらいエルンストの誕生日も華やかにしてあげる。
 鋼の守護聖さまの初めての誕生日。
 聖地をあげて祝ってあげるから楽しみにしていてね」
 毒入りスープを勧めるようにレイチェルは言った。
「笑えないジョークですね」
 エルンストは言った。
 レイチェルは向き直る。
 身長差が2インチもないとなると視線が並ぶ。
 宙で紫色の瞳と絡み合う。
「本気だから安心して。
 退屈している暇なんてないから。
 スリリングでエキサイティングでいいでしょ?
 きっと原初の宇宙よりも魅力的だよ」
 極上の笑顔を浮かべてレイチェルは断言した。
 エルンストが口を開こうとした瞬間、偉大なる女王陛下が親愛なる補佐官の名前を呼んだ。
 金色の髪をなびかせて、金糸雀のようにレイチェルは飛んでいく。
 言い出し損ねた言葉を飲み込んでエルンストは、年頃の少女たちらしい姿の尊き人物たちを見つめた。
 そのうちこの景色に慣れて、季節の移り変わりがない世界で、伝統的に行事をする少女たちが微笑ましくなるのだろうか。
 自分の誕生日が来ることすら心躍らなくなった30の男には厳しそうな問題だった。


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