冬の到来。
激しい寒さが気軽に窓をノックする。
そんな日に出歩いたりしたい人の方が少数であり、冬だからと言って軍師の仕事が減るかというと別問題だったり。
綾羅錦繍と呼ばれる紅葉を見るなんて、風流な趣味を持ち合わせいるはずもない司馬懿は当然のように、与えられた書斎で仕事をこなしていた。
今のところ司馬懿の唯一の護衛武将のも同室にいた。
別段、やましいことはない。
多分……。
護衛武将が護衛対象である上官と同じ部屋にいたからといって問題が起きるほうがよっぽどの大問題だろう。
その大問題が起きていた。
「何を食べてる?」
司馬懿はとうとう我慢できなくなり尋ねた。
「あ、司馬懿様もいりますか?」
真昼の照明器具。
曹魏の城で愛玩動物か何かと勘違いされている少女は、今日もちゃっかりと餌付けされていた。
弓を握るためにあるはずの手には月餅があった。
しかも敷物の上に座った少女の傍には大きな竹籠。
「甘い物はいらない」
司馬懿は即答した。
「そうですよねー。
甘い物が苦手でしたよね」
しんみりとは言った。
こんなに美味しいのに、と無駄なことを垂れ流すのはいつものことだった。
「私は、その月餅の出所を質問したつもりだったのだが?」
「ちゃんと合法的ですよ!
非合法な取引はしていません。
まあ、司馬懿様から見たら卑しいって思うかもしれませんけど」
は必死になって言った。
やましいことをした。という自覚は多少はあったようだ。
考えが足りない頭であっても、それなりには回るらしい。
「廃棄物処理か」
ためいき混じりに司馬懿は言った。
「スゴいですね!
よくわかりましたね!!
お台所の皆さんが下賜品だというのに食べずに捨てるって言うんですよ。
私、何度も訊いちゃいました。
それで捨てるぐらいならって……もしかしてマズかったですか?」
不安げには尋ねる。
「こういうのは縁起ものだからな。
季節を過ぎたら捨てるものだ」
「まだ食べられます!
むしろ材料から言えば保存食です!!
戦場に送られてくる兵糧よりも美味しいお菓子を捨てるなんて信じられません!」
「だいぶ賢くなったな」
「そりゃあ、曹魏が誇る軍師の下にいればそれなりに。
馬鹿は切り捨てるって、何度も脅されれば、嫌でも覚えますよ」
「なるほど嫌々、覚えていたのか……」
「ち、違います!!
勉強になるって言いたかったんです!!
学習意欲だけはあります!!」
「意欲だけあっても実が伴わないなら意味がないな」
切り捨てるように司馬懿は言った。
「そうですけど……。
やっぱり残飯処理を自分の護衛武将がしていたら不愉快ですか?」
「愉快な気分ではない」
「捨ててきた方が良いですか?
こんなに美味しいのに」
はわかりやすいほど落胆する。
食べることすらままならない寒村の出の少女らしい発言だった。
護衛武将になって豊かな給金が与えられているはずだが、が贅沢をしているところを見たことがなかった。
嗜好品ですら……簡単に手に入る菓子ですら自分のために買っているところを見たことがない。
大方、給金のほとんどは貧しい家の仕送りに消えているのだろう。
「縁起ものなのに捨てるのは、価値が下がるからだ。
宮廷の贈答品、という地位の菓子だ。
それがたやすく手に入り、満足できるまで食べられるとわかったのなら、価値はどれほど下がるか計算できるか?」
司馬懿はできるだけわかりやすく説明をした。
富や権力というのは、目に見える形で示さなければならない。
滑稽なことだとしても。
「なるほど。
それでお台所の人も口にできないんですね。
うーん、司馬懿様付きの護衛武将がこっそりと食べている分なら問題はなさそうですよ?」
「こっそり、できるのか?」
「司馬懿様の前だけしか食べません。
これなら秘密はバレないと思います!」
「悪知恵が働くようになったな」
司馬懿は微苦笑した。
「だって故郷では食べられなかったお菓子なんですよ。
食べずに捨てるなんてもったいないです!」
「好きにしろ。
私の手を煩わせなければいい」
「はーい。
ありがとうございます、司馬懿様」
真冬では見られない。
真夏の太陽の下で咲くような大輪の花のようには嬉しそうに笑った。