イシクレ
カイゲツ城。
そのささやかな院子。
季節は夏を迎え、煌めく粒子を撒き散らしていた。
緑はキラキラと輝き、水はサラサラと流れ、花々は妍を競う。
誠に美しい季節である。
そんな季節に見向きもせずに、石ころを拾う小さな影。
月姫、六歳。
生意気盛りなお子さまである。
童女はいそいそと石ころを拾っていた。
石畳から少し離れた場所を念入りに。
月姫が立ち去った場所は、ぺんぺん草の一つも生えてはいないという念の入れようである。
この年頃の子どもは、変わったものを集めたりするものである。
大人から見たらガラクタといえるものが、無垢な魂には宝物に映るのだ。
石ころや、枯れ葉を集めてきては、大人に捨てられるということを繰り返すものである。
月姫付きの女官・春蘭がためいきをついてしまったのも、ある意味、仕方がないことであるだろう。
「姫様、そんなに石を拾われてどうなさるおつもりですか?」
春蘭は幼い主に声をかけた。
むくっと月姫は顔を上げる。
しゃがみこんだ童女の足元には大小さまざまな石が転がっている。
これが色の綺麗なものや、変わった形の石ならば、理解の仕様があったのだろうが、お世辞にも美しいといえないものばかり。
「ボク、忙しいんだから、声をかけないでよね」
甲高い子ども特有の声が偉そうに言う。
「もう、お昼寝の時間ですよ」
「今日中に、ここから見える範囲の石を拾うんだから邪魔をしないでよね」
「お昼寝が終わったら、また石拾いをなさればよろしいのでは?」
「それじゃあ、間に合わないよ!」
月姫は唇を尖らせる。
「ですが」
春蘭としては、何が何でもお昼寝をしてもらいところである。
きちんと眠らないと、月姫はぐずつくのである。
「ボクのことなんてほっておいてよ!」
そう言った声がすでに予兆である。
印象的な黒い瞳に涙が薄っすらと浮かんでいる。
体はもう眠いはずである。
それを無理に起きていると赤ん坊のように、ぐずり始めるのだ。
「お昼寝の後に、私もお手伝いしますよ」
春蘭は微笑む。
とにかく、泣き出す前に昼寝をさせなければ。
乙女は決意する。
春蘭は月姫を立ち上がらせようとする。
「さあ、行きましょう」
「嫌ぁ〜!」
童女はバタバタと暴れだす。
乙女の細腕には、童女はいささか重すぎる荷物である。
引きずって連れて行くのは骨が折れる仕事であろう。
ふと、目を遣ると向こう側から歩いてくる人影が見えた。
ロウタツである。
月姫は歳若い宰相を気に入っていた。
春蘭は素早く算段する。
主を宰相に押しつけるのを決定した。
「姫様、沖達殿がいますよ」
効果は覿面。
月姫はパタッと大人しくなった。
「ちゅーたつだ」
「お昼寝に付き合っていただきましょう。
姫様も沖達殿とご一緒なら良いですわね」
春蘭はニコニコと言う。
「うん」
童女はこっくりとうなずく。
「沖達殿」
春蘭は距離を見計らって、声をかけた。
……見事に、こけた。
ロウタツは二人の女性の前で、派手にすっ転んだ。
良くあることだったので、春蘭は見て見ぬ振りをした。
「姫様の昼寝に付き合ってくださいませんか?」
「春蘭のせいだ」
ポツリと月姫が言う。
「?」
「全部、石拾えなかったから。
ちゅーたつ、転んだじゃないか!」
顔を真っ赤にして、童女は怒鳴った。
「あら。
沖達殿のためだったんですか?」
春蘭はコロコロと笑った。
ロウタツは、のろのろと起き上がった。
「姫様は本当に沖達殿がお好きなんですね」
春蘭の口調は微笑ましいと言わんばかりだ。
「だって。
ボクの下僕だもん」
真顔で月姫は言った。
「誰が誰の下僕ですか!」
沖達は顔についた土を払い落とし、怒鳴った。
「ちゅーたつはボクの下僕!
手間の掛かる下僕で、ボク困っちゃう。
小さな石ころにつまづくし、方向音痴だし、金づちだし」
ふぅー。とおませに月姫はためいきをつく。
「昼寝は一人でなさってください」
「図星さされて怒るなんて大人気ないなぁ」
「私は忙しいんです」
「大丈夫。
ちゅーたつは絶対、ボクとお昼寝するんだよ。
そう決まってるんだから」
月姫はニコッと笑う。
「頼まれても、絶対やりません!
好きでもない女と、どうして一緒に寝なければならないんですか?」
「……寝る。
いくらボクが可愛いからって、手を出したら変態さんだよ。
あ、だからか。
変態さんだから、ボクのこと可愛くて仕方がないから、一緒にお昼寝できないいんだね。
あんなことやこんなことを考えちゃうんでしょ。
それじゃあ、しょうがないね」
悟ったように月姫は言う。
側で聞いている春蘭は、ハラハラものである。
「誰が、そんなこと思いますか!」
「言い訳しなくてもいいよ。
なかなか認めづらい性癖だよね」
「言い分けじゃありません!」
「だったら、一緒に眠れるよね。
一緒に寝てくれないなら、ちゅーたつのこと変態さんに認定するから」
無邪気に月姫は笑った。
口喧嘩の勝者は彼女であった。
結局。
この日も沖達は添い寝をしたのであった。
子守なんてめんどくさいことは、早いとこ辞めたいと思いながらも、ズルズルと辞められないでいた。
適当な歳で所帯を持って、月姫から縁を切ってやる。
当時の沖達は本気で考えていた。
それが叶うことはない、と言うことを彼はまだ知らない。
まだ、知らないのだ。
未来を覗くことは僅かな人間にしか許されていないのだから。