飾り玉

「隊長、これを預かってきました」
 そういったのは真緑の瞳を持った少年だった。
 ユ・シデン。
 ヤン・カクエキの部隊に従事している兵士。
 成人前らしく、喜怒哀楽がハッキリしていて、短気なところがあるのが欠点だった。
 床についているカクエキは少年が持っている布に苦笑をする。
 紅花で見事に染め抜かれた深緋色。
 薄明りの部屋でも光沢のある生地は濡れるように光っていたし、四隅にはさりげなく吉祥紋の刺繍が金糸でされていた。
 一目で高級品とわかる品を包み紙扱いをするような人物なんて限られてくる。
「ありがとな」
 カクエキは体を起こして深緋色の布を受け取る。
 包帯で押さえつけている傷がピリッと裂けたような痛みがあったが、無視をした。
 あれだけの激戦で、この程度の傷ですんだのだ。
 奇跡と呼んでもいいだろう。
 生還したことを上司である絲将軍は心配したそぶりも見せずに、旗下の幸運に感謝することもなく、曖昧に微笑んだだけだった。
 『しばらく使い物になりませんね』と言った言葉と共に。
「当の本人はどうしてる?」
 カクエキはシデンに尋ねた。
 上等な手ざわりの絹を広げてみれば、砕けた玉の破片があった。
 小指よりも小さな飾り玉。
 カクエキの赤い髪を彩っていたそれは、ほとんど粉に近かった。
「全部は持ち帰れなかった、と言っていました」
 シデンが答える。
「そりゃ、そうだろ。
 むしろ拾い集めた方がスゲーぜ」
 食いっぱぐれて、飢えから落ち穂拾いをするよりも面倒だ。
 収穫が終わった畑ではなく、最前線の激戦地区の敗戦処理。
 死体の山と血と泥の中で、この飾り玉だったものは砕けた。
 砕けた玉をシデンに託した本人が拾わず、部下にさせたのだとしても根気良さに同情をしてしまう。
「伯俊殿でしたら、命令違反と将軍から処分を下されました」
 影のように佇んでいたヤオ・ケンソウが答える。
 伯俊こと同僚のシャン・シュウエイの部隊預かりになっている少年だった。
 シデンと同い歳だったが、性格の方は真逆。
 表情にも声にも感情がこもらない。
「俺の責任みたいだな、それ」
 カクエキは困ったように笑う。
「ヤン隊長にとっては大切なものだ、とおっしゃっていました。
 処分自体は軽いので気にしていないそうです」
 ケンソウは淡々と答える。
「命令違反ねー。
 持ち場を離れたことか、帰還命令をすぐに従わなかったところか?」
 大陸一の軍紀が厳しいことで有名な絲将軍。
 一点の曇りを許さない白ということで、白厳の君と呼ばれる相手だ。
 歳が近く『お友だち』扱いしている旗下であっても温情などをかけたりはしない。
「謹慎処分か?」
 カクエキは質問をする。
「いえ。
 それだと伯俊殿が読書でもして楽をすると、書き取りです」
 ケンソウが答えた。
「傑作だな。
 伯俊は悪筆だからな。
 将軍らしい処分だ」
 カクエキは苦笑した。
 さぞや苦痛を感じながら同僚は手習いをしていることだろう。
「兄上は隊長に文字を覚えて欲しいそうですよ。
 読めるのに書く方の文字数がまだ少ないって。
 署名以外での返事が絵画では困るって言ってました」
 シデンが素直に言う。
 絲将軍の従兄弟であり、同じ色墓の血を引く少年は、色墓の総領でもある絲将軍を兄上と呼ぶ。
「けっこう絵は上手いと思うんだがな。
 意思の疎通はできるだろ?」
 カクエキは言った。
「兄上も今度、絹布に風景画を描くように命じて、それを屏風立てにしようかと笑っていました」
 シデンはニコニコと答える。
「そこまで立派なもんじゃない」
 平民が字が書けないのは当たり前だったが、軍属では困る。
 ということで、軍に属してからはだいぶ文章を覚えさせられた。
 そもそも読むことすら、ほとんどできなかったのだ。
「飾り玉は故郷の習慣ですか?」
 シデンの問いかけに
「ん? まあ、そうだな。
 助けた相手から一つずつ貰ってた。
 ちょっとした勲章だな」
 カクエキは答える。
 陸に上がる前の話だ。
 河賊として、もっと北の方にいた時代。
 もちろん勲章以外の意味もあった。
「そんなに隊長は人助けをしたんですね。
 粉のように砕けたのは残念ですね」
 シデンはしんみりと言う。
「生き残っただけで儲けものだ。
 古里の習慣だから、もうくれる者もいないしなぁ。
 遠くまで来たもんだ」
 カクエキは砕けた飾り玉を見る。
 今は殺した分だけ褒められる。
 昔は救った分だけ褒められていたのに。
 やっていることは同じだが。
 これが正義で、官軍か。
「それは残念ですね」
 感情のこもらない声でケンソウが言った。
 カクエキは顔を上げる。
「似たような物を作らせるさ。
 金ならありあまってる。
 酒と女に消えるってのも無理が出てきたしなぁ。
 軍人ってのは儲かりすぎるな」
 カクエキは苦笑する。
 砕けた飾り玉。
 これをくれた古里はもういない、というのに。
 そんなものにしがみついている自分が滑稽だった。
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