色墓城陥落
夜目にも鮮やかに火が上がった。
いや月のない夜だからこそ、堅固な城が燃えるのが爛々としているのかもしれない。
それをフェイ・ホウスウは見ていた。
あまりにも明るいさまだったので、ここが戦場で、自分にとっての初陣で、敵の本拠地だったことを一瞬、忘れかけていた。
火の回りは風が味方をしているとしても早く、人為的なものとしか灰色に近い茶色の瞳には映らなかった。
色墓の総領は落城と共に自決するつもりだろうか。
これだけの規模の火事の中から遺骸を探すのは苦労するだろう。
火が収まったとしても判別がつくほどの肉体が残っているだろうか。
あるいは替え玉を用意してあって、すでに落ち延びている。
その可能性も捨てきれなかった。
色墓の豪族である絲一族を従えるためには、きっちりと総領の首級を上げなければならない。
ホウスウは燃え続ける城を見つめる。
右手に持った剣が重たく感じた。
体力もなければ、筋力も少ないホウスウのためにあつらえられた剣は長さこそ一般的だが軽くするために刀身が細身になっている。
そのために敵からはやや長めの刀身があるように見える剣だった。
斬れ味の方は悪くないだろうが、ホウスウが敵と斬り結んだ回数が少ないために刃こぼれはしていない。
このまま戦が終結するのであれば、ずいぶんと後味が悪い形になる。
十七歳でようやく初陣を果たした少年は思った。
そんな感傷を打ち消すように伝令官が焦ったように報告に来た。
信じられないような伝令。
ある意味、兄のコウレツらしい判断だったので、ホウスウもまた火のついた色墓城への最奥へと急いだ。
父の跡継ぎである三つ上の兄は『軍神』という二つ名らしく、血気盛んだった。
火事が収まった後に色墓の総領の亡骸探し、という面倒な仕事をしたいとは思わなかっただろうし、考えもしなかっただろう。
嫡男という自覚がない軽率な振る舞いだ。
とはいえ単身で向かった、と聞けばホウスウとて不安になる。
せめて腕効きの部下を連れて行けなかったのか。
そんなことを考えながら色墓城の中にホウスウも踏み込んでいく。
煙で視界が悪くなっているものの、城内の地図はホウスウの頭にも完璧に入っている。
優秀な密偵のおかげだ。
火の粉が舞う中、衣が焦げるのもかまわずにホウスウは走った。
すぐにコウレツに追いついた。
「兄上!」
ホウスウは声を張り上げた。
癖の強い暗褐色の髪。
チョウリョウの民としては、やや赤みが強い髪が焼けた室内の中でも鮮やかだった。
コウレツの足元には色墓の総領の無残な亡骸があった。
「これは兄上が?」
ホウスウは訝しがる。
「だったら、こんなまどろっこしい真似はしないぜ。
叩き切っておしまいだ」
二十を数え心身みなぎっている青年は呆れたように告げる。
木造の城の梁が焼ける音だけが耳に響く。
ホウスウは血が乾ききった床に膝をつく。
縄で拘束された体。
泣き別れになった首。
煙が充満しているから特定は難しいが
「遅効性の毒ですね」
ホウスウは言った。
「身内同士の争いに利用されたみたいだな、これ」
納得がいかない、と言外にコウレツは口にした。
チョウリョウの領土拡大のために、大義も名分もない戦を仕掛けたのは飛一族側だった。
だからと言ってそれをきっかけに内部分裂をされては困る。
色墓を従えるのには、絲一族の中で唯一、最高位の緑を赦された総領の恭順が必要なのだから。
やや黄みがかった茶色の髪は腰までの長さがあり、緑の飾り紐が結ばれていた。
色墓では緑が尊ばれていて禁色扱いされている。
襟首に緑の飾り紐を結ぶことができるのは総領とたった一人の跡継ぎだけ。
「嫡男が一人いたはずです。
早く見つけ出さなければなりませんね」
ホウスウはサッと立ち上がった。
「それなら、あっちの部屋にいたぞ。
意識はなかったが生きている」
コウレツは出番のなかった剣を軽く振りながら、隣の部屋へと向かう。
それにホウスウも付き従った。
飛一族の拠点地に残してきた年の離れた妹よりも幼い子どもがいた。
まだ八つぐらいだろか。
異様な光景だ。
幼子は太い柱に鎖で身動きが取れないように雁字搦めにされていた。
樫の木色の髪は長く腰まで届くから、床に近かった。
よれているものの緑の飾り紐が髪に結ばれている。
絲蓮緑に違いない。
「薬を使われているようですね」
ホウスウは呟いた。
睡眠薬の類ではあるのだろうが……。
「どれだけこの餓鬼は恐れられてんのか?」
楽し気にコウレツは笑った。
勝負をしてみたくて仕方がないのだろう。
年齢差も体格差も、ここまで開けば、普通であれば一合も持たないはずだ。
ホウスウとて兄からの勝負で勝利するのは難しく、剣戟で息が上がらずに太刀筋から逃げ回るのがやっとだった。
「さあ?」
兄の悪癖にコウレツは苦笑いをする。
色墓の総領を縛っていた縄は金属の入った丈夫なものだった。
だが幼子は完全に金属製の鎖だ。
檻に入れられた手負いの猛獣よりも酷い扱いだろう。
情報通りに幼子が絲蓮緑だとしたら、歳よりも小柄で細身だった。
目の前にいる緑を赦された子どもが秘めている戦闘能力は計り知れないものだろう。
色墓の絲一族は息をするように人を殺すという。
それも得物になるようなものがなくても身一つで。
この幼子は人の形をした究極の暗器になってくれそうだった。
飛一族に絶対の忠誠を誓ってくれるように仕込まなければならない。
それは色墓の豪族の絲一族で緑を赦された人物、という意味だけではなく。
ホウスウは薄っすらと笑う。