手紙
建平三年、まだ浅い春。
ようやく鷲居城に帰ってきた。
ホウチョウは喜びであふれていた。
ずっと一緒にいたかったシャオと、もう離れなくてもいいのだ。
そんな時に、ふとメイワの変化に気がついた。
「あら、メイワ。
嬉しそうね」
髪を梳いてももらいながら、尋ねた。
「実は素敵なお手紙をいただきました」
メイワは楽し気に言った。
「恋人から?」
「そんな方、いませんよ」
メイワは断言した。
「そうなの?
じゃあ、家族から?」
ホウチョウは不思議に思いながら訊く。
南城から帰還した者たちには、帰郷を促す手紙が届いていることを知っている。
奥侍女のメイワの元にも届いていることだろう。
「実は伯夜殿の奥方からです」
秘密話をするように、メイワは言った。
「じゃあ、あの伯夜の『運命』の人?」
ホウチョウは赤茶色の瞳をキラキラさせた。
後宮しか知らないホウチョウであっても知っている有名すぎる話だった。
名家習家の直系の嫡男が『恋』をした。
身分違いを反対する親族一同を『運命』だと断言して、あの烈兄様が『榻(長椅子)の参謀』とたたえた男性が、かなり強引に手に入れた。
しかも相手はかなり歳の差があるらしい。
まるで物語のように素敵な『恋』だろう。
「かなり心配してくださったようで。
是非に、お会いしたいと」
メイワは言った。
「じゃあ、ここに招くの?」
「あの伯夜殿が許すわけありませんわ」
おかしそうにメイワは笑う。
「そう残念ね。
どんな『運命』の人か会ってみたかったのに」
ホウチョウは唇を尖らせた。
「メイワは会ったことがあるの?」
ホウチョウは疑問に思った。
伯夜は、結婚式を挙げたばかりのはずだ。
帰還したばかりのメイワは披露宴に招かれていない。
去年の晩秋以降、ずっと一緒にいてくれたのだから。
「一度だけですわ。
姫についていく前に、お会いしたのです」
「どんな人?」
ホウチョウは興味を覚えた。
「硝子のように繊細な美しい声で、それも幸福そうな笑顔で伯夜殿の字をお呼びになられました。
盛夏に咲く百合の花のように楚々とした雰囲気があり、とても純粋で可愛らしい方です。
容貌の冴えない私ことを、まるで物語に出てくる北方の姫君のように、と素直に言われたのですよ。
平素の伯夜殿からは考えられないほど『恋』をしていらっしゃいましたわ」
「あの伯夜が?」
ホウチョウは驚いてしまう。
言いたいことはいつでもハッキリと断言して、恐ろしいほどに冷静沈着な男性だ。
「そうですわ。あの伯夜殿が」
メイワはクスクスと笑う。
「どんな出会いだったのかしら?
お兄様だったら知っていらっしゃるかしら?」
とっても素敵な『運命』に違いない。
「さあ、どうでしょう?」
メイワは言う。
「でも、私とシャオには負けるわね!」
見事に『運命』を捕まえたばかりの乙女は幸福そうに笑った。