帰る場所
鳥陵の王都、朱鳳。
そこには荘厳でありながら麗しい城があった。
皇帝陛下がおります鳳凰城。
「それで掌握できたのか?」
書卓から顔を上げて、ホウスウが尋ねた。
書き終わったばかりの竹簡が乾くのを待っていた。
「そんなに危険なのですか?」
ソウヨウは尋ね返した。
権の掌握は果たさなければならない役目ではあった。
速やかであることに越したことはない。
けれども、ソウヨウは大司馬という位を賜ったばかりなのだ。
南城出身者はまだしも、北城出身者はソウヨウが大司馬に就任したことを快く思ってはいない。
誰だって、自分の子どもほどの年齢の若造に顎で使われたくはないだろう。
口に出すほどの馬鹿は少ないが、腹に不満を持っている人間は、山ができるほどいる。
即急に片付く問題ではない。
玉棺という大敵が消えた今、鳥陵には脅威と呼べるほどの軍事力を抱えたクニはない。
そう……外敵は消えたのだ。
「いや、世間話だ」
ホウスウは薄い笑みを浮かべる。
「……帰っても良いですか?」
ソウヨウは言った。
朝議が終わって、皇帝に呼びつけられて、しぶしぶと後宮内の私室の一室に通されたと思ったら、世間話だという。
「白鷹城に、か?」
灰色にも青にも見える淡い色の瞳が、興味深さげに見開かれた。
「そこ以外に、どこに帰るというんですか?」
ソウヨウはキッパリと答えた。
これ以上は、至高の存在といわれる皇帝陛下の願いや命令であったとしても、付き合いたくはない。
一瞬でも長く、大切な乙女の傍にいたいのだ。
「なるほど」
ホウスウは笑った。
「帰る場所を持つ者は幸いだ。
十六夜の元へ帰るといい。
この時間であれば、いまだ夢の中かもしれないが……待つのも楽しいのだろう?」
年長者らしいことをホウスウは言う。
癇に障ったが、退出の許可が出たのだ。
この機を逃したら、次はないかもしれない。
「ありがとうございます。
失礼いたします」
形ばかりの拱手をして、ソウヨウは駆け出した。
◇◆◇◆◇
「帰るのか」
ホウスウは呟いた。
戻るのではなく、帰る。
戦火の中で産声をあげ、その中で育ち、剣を握り続けた人間は、帰る場所を持たない者も多い。
途中で無くしてしまう者もいれば、初めから持っていない者もいる。
失ったものを再び得ることは難しく、「戻る」場所を手にすることでやっと人間として生きていく。
緑の瞳の青年は当然のように「帰る」という言葉を選んだ。
人質として連れてこられたはずの城。
親の仇の居城。
そこへ「帰る」という。
愛する人がいるから、そこに帰りたいという。
「羨ましい限りだな」
ホウスウは小さく笑った。