お友だち
「お友だち」
ソウヨウは鸚鵡返しに言った。
そこに含まれる不快感は隠していなかった。
広い書斎に副官と二人きりなのだ。
聞き耳を立てるものもいないだろう。
仮にいるとしたら、処分すればいいだけだ。
「そんなものが必要なのですか?」
ソウヨウは尋ねた。
齢十四で将軍位を賜ってから、周囲とは距離が開いてしまった。
そもそも、友だちと呼べるような存在は、生まれてこの方いなかった。
今まで必要なかったし、これから先も必要がないだろう。
「年の近い直属の部下、と考えれば違って感じるのでは?」
モウキンは言った。
ソウヨウは書き上がった竹簡を巻きながら
「そうですね。
モウキン殿がおっしゃるのならば考えてみましょう」
と言った。
カランカランと竹を巻く音が響いた。
「ユウシがいれば充分だと思うんですが」
竹簡を巻く音に紛れるようにソウヨウは呟いた。
◇◆◇◆◇
数日後。
薬湯を持ったモウキンがソウヨウの書斎に入る。
蜂蜜が入って、湯で割った薬湯にソウヨウは眉をしかめた。
薬湯と呼ばれる一般的なものが苦手なのだ。
苦いものは嫌い。
子どもじみた癖を知る者は少ない。
モウキンは書卓に薬湯を置いた。
「候補は決まりましたか?」
モウキンの問いに、ソウヨウは木片にさらさらと名前を書きつけた。
流麗な文字は、ためいきをつくほどものだった。
「失礼いたします」
モウキンは木片を手にする。
南城において、変わり種とされる兵士たちの名前だった。
女みたいな綺麗な顔立ちをしていながら、中身は荒々しい性格の少年。
上官を殴り飛ばして営倉入りすること数度。
元は北方の河賊出身で、処罰を受けられるところをモウキンが拾い上げた青年。
読み書きができない典型的な下級兵士。
モウキンが顔合わせをした兵士の中には、もっと上級の兵士もいたはずだ。
特に南城は城主であるホウスウの指揮下だけあって、腕も立てば育ちも良い若者も多い。
ソウヨウは嫌そうな顔をして薬湯を口にする。
いくら蜂蜜が入っていても舌に苦みが残る。
健康のためとはいえ、あまり口にしたい部類の味ではなかった。
「彼らにふさわしい位階を与えてください。
……お友だちにふさわしい」
機嫌よくソウヨウは言った。
茶とも緑ともつかない曖昧な瞳が細められる。
「そろそろユウシを前線に出してやってください」
モウキンは言った。
「どうしてですか?」
ソウヨウは小首を傾げる。
樫の木色の長い髪が揺れた。
「だいぶ弓の腕前が上がりましたから」
モウキンは言った。
確かに、この一年でユウシの腕前は上がった。
お友だちとしての階級が低いのなら、上げればいいだけ。
「なら弓部隊で部隊長にすればいいのでは?」
ソウヨウは不思議に思って言った。
「実のところ、息子は弓が一番苦手だったのです。
得意の剣で奢ってしまっては困りますからね。
それで副官の権限で弓の部隊に入れたのです」
モウキンは微苦笑を浮かべた。
「なるほど。
モウキン殿も人の子なのですね」
しみじみとソウヨウは言った。
「申し訳ありません」
「謝るようなことではありませんよ。
情というものは素晴らしいと理解していますから」
一族の裏切りで父親を亡くし、母親とは疎遠。
父親違いの弟がいるものの、まだ年少。
情というものと薄い子ども時代だった。
シキボがチョウリョウに下ったのは数え八つの時だったから余計に。
今は手に入れられない。
そんなものだった。
「お友だちが楽しみです」
新しい玩具を手にした子どものように、ソウヨウは言った。
十五歳になったばかりの少年にとっては、同じようなものなのだろう。
これを知ったら城主のホウスウは呆れるだろうか、納得するだろうか。
それとも自分と変わらないと笑うだろうか。
いずれでも、ソウヨウには変わらないことだった。
お友だちを持たせるのも、ホウスウの差し金だろう。
直接言えば、命令になってしまう。
だから、副官のモウキンに言わせたのだろう。
どこまでも、手のひらの上で踊っている。
そのことに不快とも、心地よいとも思わなかった。
ソウヨウには、そんな感情を覚える必要はないのだから。
運命はどうにもできないと、八つの時に知ってしまった。
これからも操り人形たちは踊ってくれるだろう。
自分自身も、その一部だと知ってしまっている。
喜びも哀しみも少女の元へと置いてきてしまった。
今は空虚な暗殺機械だった。