菓子
ソウヨウは、甘いお菓子が好きだった。
それは、レンリューであった頃からの、変わらぬ嗜好であった。
豊かなシキボであっても、砂糖は高価には変わりない。
絲を名乗る立場であったといえ、贅沢であった。
そして、ソウヨウと呼ばれる今は、もっと甘いお菓子を好むようになった。
大人になるにつれ、味覚が変化し、甘いものを厭うようになる男性も多いというのに。
「お前にはまだ無理だよ、シャオ」
「もっと大きくならないとな。
そんな力じゃ、弦を引ききれない」
「兄上たちの言うとおりだ。
悪いことは言わない。
シャオ、諦めろ」
年長の少年たちが口々に言う。
柔らかな頭髪は、やや黄みがかっている。
揃いの双眸は、玉のような翠。
「私にも、できます!」
シャオと呼ばれた童子が口を尖らせる。
その瞳は、風変わりだった。
緑にしては茶色が勝り、茶色にしては鮮やかな色。
まるで、かんらん石のような色の瞳だった。
けれども、その髪に結ばれた飾り紐の色は、緑。
絲と名乗ることができる人間だけがまとう色だった。
童子の言葉に、少年たちは肩をすくめる。
「怪我をする」
「怪我など、怖くない!」
シャオは言う。
「だけど、お前が怪我をしたら、私たちが怒られる。
父上からだけじゃなくて、当主殿からもお叱りを受ける」
一番年かさの少年が言う。
「別に、弓などできなくても、良いだろう」
そう言ったのは、ワン家の二子である少年。
「兄上たちだってできるんだから、私にだってできる!」
シャオは言う。
童子は悔しくて、たまらなかったのだ。
従兄たちにはできるのに、自分にはできないことがある。
そのことがどうしようもなく、屈辱だったのだ。
「そんなに小さい体では、弓は難しいよ。シャオ」
一番歳の近い少年が言った。
「剣なら、絶対負けないのに!!」
シャオは叫んだ。
従兄たちは、顔を合わせて、ドッと笑う。
「そりゃあそうだろう」
「弱虫のワン家が敵うはずがないだろう。未来の総領殿。
あなたは誰よりも強くなくては、困るんだよ」
「そんなに剣術の練習がしたいのなら、ジィウ家に頼むといい」
ワン・トウホワンの子息たちは、あっけらかんと言う。
彼らは勝ち負けに、最初から参加しない。
侮られることに慣れきり、自分の実力を過信しない。
「弓が上手くなる必要はないよ。
我らがいるのだからな」
大兄が童子の体をすくうように、抱き上げる。
「優秀な射手が必要になったら、駆けつけよう」
次兄は大兄の分の弓と矢筒を引き受ける。
「私たちは、裏切らない。
裏切れるほど、強くない」
三兄が苦笑する。
「でも」
なおも不満げな童子の言葉を
「お菓子が焼けたから、手を洗ってきなさい」
空のように澄んだ声がさえぎった。
見やれば、少年たちと同じ色の双眸の女性が竹かごを抱えて微笑んでいた。
トウホワンのただ一人の妻であり、少年たちの母であった。
「そら、菓子だ。
シャオが来る日は、甘いものにありつける。
誰が一番か、井戸まで競争だ!」
大兄は、童子を抱えあげたまま走り出す。
「シャオが甘いものを好きだと、知っているからな」
「鍛錬ごとにあれば、もっと頑張る気が起こるのにな」
ぼやくように三兄が言う。
ソウヨウは、甘いお菓子が好きだった。
計略の奇才と呼ばれる明晰な頭脳は、気がついていない。
甘いお菓子が、幸せな記憶に直結するために『好き』だということに。
今日も、ソウヨウは甘いお菓子を旗下にねだるのだった。