#01.That's just the way of it.
珍しく、電話をする気になった。
12月14日
私の携帯電話からBUMP OF CHICKENの『天体観測』が流れる。ずいぶんと昔に流行った曲がアラームとして、私に告げる。
私は立ち上がり、レースのカーテンを開き、窓を開ける。化繊のオーガンジーのカーテンはエメラルド色のビーズと刺繍も鮮やかに翻る。私のすぐ横を湿度の高い風が通り過ぎる。
前日までの天気予報では、曇り。
分の悪い賭けだった。
上空の大気の流れは想像以上に速かった。
12月14日 午後9時
その天気は『雨』。
+++
私は携帯電話を手にした。着信履歴は、ほぼ一人の名前で埋まっている。彼はとても心配性なのだ。週に数度顔を合わせても、一日おきにネット上で会話をしていても、電話をしてくる。
だから、私の携帯電話の着信履歴の一番目は、いつも同じだ。それは絶え間なく変化していく時間の中で、変わらないものがあると証明するように、燦然と星のように輝いているのだ。
私は発信を押し、携帯電話を耳に当てる。金属は赤の他人のように冷たかった。当然のことだったが、それが何やら寂しいような気がした。
きっと、雨がいけない。
雨が降ったから……悪いのだ。
留守番電話サービスに切り替わる前、5コール目でつながる。
――どうした?
0と1に並び替えられて、光が伝えた声は、どうしようもないほど《黄昏》の声だった。まるで目の前で聞いているような、そんな錯覚に陥るほど、声にはノイズがない。
――何か、困ったことでも起きたのか?
《shi》
「雨が降っている」
私は空を見上げた。昼間とは違う暗い色の空から、雨は振り続ける。止む気配はなかった。
電話口に微苦笑する音が聞こえた。
――明日は晴れるってさ。
天気予報で出てる
「世界中の人々が空を見上げているというのに、関東はあいにくの雨だ」
――裏側の連中は昼間だ。
明日も星は流れるだろ。
まあ、気にするなよ
「《黄昏》はそれでいいのか?」
――どっちにしろ、残業中だしなぁ
ちょっとは残念って思うけど、仕方がない
「《黄昏》は大人なのだな」
――なりたくてなったわけじゃないけどな
「そうか」
――ありがと、覚えていてくれて
「偶然だ」
――それでも嬉しかったんだよ
感謝は受け取っておけ
「……そういうものなのか」
――帰りに寄る
「寝ているかもしれない」
――そうしたら、勝手に上がるだけだ。
じゃあ、またな
電話が切れた。
私はすっかり冷え切ってしまった部屋を暖めるため、窓を閉める。テーブルの上に置き去りにされていたリモコンのスイッチでエアコンを入れ、床に腰を下ろす。
今日はふたご座流星群の日だった。午後9時には流星群は活動のピーク――極大を迎え、一時間に30以上の星が流れる。肉眼でも充分に観測できることができ、流れる星の数も多い。
だが、雨では流星群を見ることはできない。
これを逃すと、次は夏まで待たなくてはならない。
「仕方がない」
大人にはなった《黄昏》はそう言う。どんな表情で、どんな気持ちで、それを口にしたのだろうか。私にはわからない。
握りこんでいた携帯電話は、体温が移って、ほのかにあたたかかった。
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