The Gift 08
神様は《黄昏》にギフトを与えすぎた。天才とまで呼ばれる高いIQを持つ人間は周囲と話がかみ合わない。それが物心ついた時から続けば疾患に認定されるほどの障害になることも多くない。偉人たちに奇行が多いのがその証拠だ。それでも《黄昏》は周囲に合わせてきた。周囲に気がつかれない程度に振る舞ってきた。内心的なストレスは大きかっただろう。私という存在が『悲劇』的すぎたから、兄としての立場を半ば強要されたから、受け入れるしかなかったのだろう。一人の時間は奪われて、孤独にはならない。それほどまでに幼い私は厄介な存在だったはずだ。
一般的な恋愛とは違うだろう。それでも互いの欠けた部分を受け入れられるだけの時間を共に過ごしてきた。私は《黄昏》の価値観や生き方を否定できるほど強くはない。私の人生に《黄昏》の存在は多きすぎる。そしてまた《黄昏》も世間から大幅にズレている私を否定することはなく、尊重してくれている。
「《黄昏》、私はもう白い大きな箱はいらない。そんなものは必要ない。
それでも私に贈り続けたいのなら手渡しで欲しい。
その行為が《黄昏》の幸福につながるなら、いくらでも受け取る。
《黄昏》が納得できるまで、きちんと受け取る」
私は言った。
「意味わかってるのか?
俺の色に染まり続けるってことだぞ。
お前の主体を無視して、俺の支配下に置かれ続けることになるんだぞ」
《黄昏》は警告するように言った。
《黄昏》の性質上、コントロール下に置きたがるのは当然の帰結だ。明確に縛りつけるために、と『結婚』を決めるたのだから。それに私は承諾したのだ。
「ウェディングドレスの色の相場は白だ。
毎年、箱の色も、贈られてくる服も靴もカバンも、白だった。
違うのはメッセージカードぐらいなものだ。
それとも次からは淡いピンクから、青に変わるのか?
《黄昏》が好む色合いはモノトーン以外ならセーフカラーコードの#99㏄99だ。
実家のカーテンも、借りたアパートのカーテンも一貫してその色だ。
寝室に緑のカーテンを選ぶのは、バランス感覚を保ち、心の安定を願い、調和を求める時だ。
心身が消耗している時に無意識的に選ぶ。
私はきちんと決めて、自分の家の真っ白なオーガンジーのカーテンに緑色のガラスビーズをつけて、緑色だけでリボン刺繍を続けてきた」
私の気持ちが正しく伝わるように願いながら《黄昏》に断言した。
婚礼衣装で、ウェディングドレスや白無垢の色を選ぶのは『あなたの色に染まります』。
欧米の結婚式で好まれるサムシングフォー。花嫁が幸せになるための言い伝えられる童謡だ。その内に、サムシングブルーがある。だからこそ、花嫁になる女性は何かしら青色のもの身に着ける。
216色あるセーフカラーコードの中で大人しい緑と表現される『#99㏄99』。単純に緑だけというなら、もっと鮮やかな色も多いし、黒に近い色も多い。緑は中間色だから、比較的好まれる色だったし、WEBセーフカラーだからOSやブラウザの影響も少ない。だが、『#99㏄99』となると別だ。たとえ背景を黒である『#000000』にしても、可読性が低いし、主張するにも弱すぎるから滅多に選ばれない。
「責任を感じているなら、私が死ぬまで面倒を見てもらう。
『永遠の風』になりたいのだろう?」
私は《黄昏》の目を見て言い切った。
できるだけ瞬きをしないように気を使う。視線だって本当は逸らしたい。だが、それをやったら伝わらない。
今《黄昏》に必要なのは肯定感だ。私が《黄昏》に常に与えられてきたものだ。
「そうだったな」
《黄昏》は穏やかに言った。私はようやく安心して視線をずらした。どうにか役に立てたようだ。これを常にしてもらっていたかと思うと、疑似的な兄の立場は大変だっただろうと思う。《黄昏》は成人してたとはいえ、大学生だったのだ。社会的には自由に遊べる時間だったはずだ。それなのに、アイデンティティが確立をしていたのだろう。
この世のすべては神様が与えたギフトとはいえ、一般的な日本人として育てられた《黄昏》には、頼れるような信仰心はない。それは私とてさほど変わりがないが、庇護を受ける子どもとして、妹として甘やかされ続けたのだ。
去年とは違う時間に駅へとたどり着いた。これから先もこんな感じなのだろうか。想像がつかない未来だった。手を繋いだまま電車に乗る。混雑はしていなかったが、それなりの人が乗車していた。心臓は正直なもので、どうにも慣れない。
「大丈夫か?」
《黄昏》が尋ねる。
「大丈夫だ」
私はうなずく。それが強がりだということはすぐにバレたのだろう。ちゃんと《黄昏》は人の少ない窓際まで連れ行ってくれた。堅い金属の壁にもたれかかると安心する。繋いだままの手に安堵する。視界が《黄昏》の胸あたりで埋まる。見慣れた光景だった。
「最寄りの駅まで我慢できるか?
本当に駄目なら途中下車たほうがいい」
「そうしたら帰宅ラッシュだ。多分、耐えられないような気がする。
《黄昏》に手を繋いでもらっているから、平気だ」
私は答えた。相変わらず弱い自分が嫌になる。きちんと薬を飲んでいてもこの調子だ。完全に寄りかかっている。
「気遣えなくて悪かったな」
《黄昏》の声が落ちてくる。身長差があるから当然の現象だ。
「いや、話しこんだのは私の方だ。
あのまま真っ直ぐに帰っていたら、いつも通りの時間だった。
《黄昏》のせいじゃない」
私は言う。責任の所在は明らかにしておいた方がいい。
「得したのは俺の方だろう。
最高の誕生日プレゼントをもらったんだからな」
「祝いじゃないのか?」
私は顔を見上げる。
「天使が助けを必要としているのに、怖がって助けを求めようとしない。
愛は受け取るよりも、より多く与えるものだって再確認した」
《黄昏》が歌うように言った。
天使とは私のことだろうか。現在の状態は間違いなくその通りなのだが。
「洋楽か?」
「作曲したのは日本人だ。かなり有名人だ。結婚式でも人気な曲ある」
「タイトルは?」
私は尋ねる。定番曲なのだろうか。物音に過敏なせいか、特定の曲しか聴かないから、有名な曲でも知らないことが多い。
酷い時は普段聴いているようなクラシックでも、ヴァイオリンの弓の反復音やピアノの打鍵音すら気になる。
結婚式で人気ということは《黄昏》も使いたいということだろうか。
「『THE GIFT』」
《黄昏》は言った。私は頭の中で反芻する。ギフト、贈り物。
確かにプレゼントと訳してもおかしくはない。
「セルフカバーで日本語もあるぞ。
こっちの方が聞き覚えがあるだろう」
私は、電車が定期的に奏でる1/fゆらぎに耳を澄ます。落ち着く作用があるからだ。人間の心拍の音に近いとされるし、モーツァルトの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』が有名だ。
「槇原敬之の『僕が一番欲しかったもの』」
声がすとんと落ちてきた。
それぐらい自然で、普通で、当たり前のようだった。
確かに有名な曲だった。ドラマの主題歌にすらなったことのある楽曲であり、《黄昏》が『BUMP OF CHICKEN』を好むように、『槇原敬之』もまた好んでいた。
←Back Table of contents↑ Next→