ルセット王国の王都。
その王宮の国王陛下の私室。
手紙を読み終えたばかりの怜悧な容貌の若き国王陛下は、ためいきをついた。
「まったく妹ときたら困ったものだ」
「パルフェ。
表情が裏切っているよ」
それを身近で目撃することになった国一番の学者であり、友人は笑い声で言う。
「《黄金の眼鏡》殿のはご慧眼であられるな」
パルフェはラズベリー色の瞳を手紙から、銀縁フレームの奥にあるアップルグリーンの瞳へと転じる。
「称号は関係ないだろう?
君の表情を見て、わからない者がいるとは思えない」
クランブルは指摘する。
出会ってから、そろそろ十四年。
一つ年下の青年に口で勝てたためしがない。
「案外、あの小さな妹はわからないかもしれない」
パルフェは手紙を元の形に戻す。
「フレジェ姫が?」
不思議そうクランブルはさらりと言った。
「……クラン」
それをパルフェは咎める。
「失礼。
第一王女様、だったね。
つい忘れてしまうよ」
楽し気にクランブルは言った。
「礼儀まで忘れてしまうようだな」
パルフェは頼もしい家臣であり、得難い友人にためいきをついた。
「全部、辞書に書いてあるからね。
引くつもりがなくても、自然と引いてしまう」
《黄金の眼鏡》はあっさりと言う。
四才の時から、その称号を得ているのだから体に馴染んでしまっているのだろう。
他の国務大臣たちよりも的確な助言を与え続けてきた。
おとぎ話に出てくるように、百の秘密と千の知識でもって。
「くれぐれも妹の前で、名前を呼ばないように。
誤解を与えかねない」
苦々しくパルフェは言った。
「苺ケーキのようにロマンティックなんだね。
さぞや愛らしいだろう」
新しい知識を得るかのようにクランブルは好奇心に満ちた声で言う。
それは王宮の奥深くにある《黄金の眼鏡》だけが引ける辞書よりも魅力的なのだろう。
「自分の立場を理解してるんだろうな」
可愛い妹の頼みを無下に断ることはできない。
だからといって幼なじみと呼んでも過言ではない友人に任せられるかというと、また別問題だ。
「《黄金の眼鏡》らしく振舞えば良いんだろう?
得意だよ」
十八才の青年は言い切った。
「お前のことだ。
うっかり口を滑らせそうだ」
「信用を積むというのは、なかなか難しいようだ」
クランブルは肩をすくめてみせた。
大学で学ぶ学生のような年相応の反応だった。
まったくもって国一番の学者である《黄金の眼鏡》らしくない仕草だった。
だからこそ、パルフェのためいきは深くなるものだった。