ハッピーニューイヤー♪
一年に一度、夜更かしをしても怒られない日。
大きな海老天がのった年越し蕎麦を食べながら、紅白歌合戦を見ていた。
「今年も二年参りに行くの?」
一足早く食べ終わった姉の朝陽が尋ねてきた。
「お姉ちゃんは?」
「歌番組みたいし、起きてからにするわ。
外、寒いしね。
敬幸君と行くの?」
「ダメなの?」
わたしは蕎麦をすする。
若干、伸び気味で柔らかくなっていた。
ぷっつりと蕎麦が切れる。
縁起が悪いなぁ〜。
「別にー」
お姉様は気持ちの悪い笑顔を浮かべて、テーブルから立ち上がった。
「だって、毎年一緒に行ってるし。
断る理由なんてなくない?」
わたしは温くなった汁を飲む。
「行くならホッカイロ、持ってきなさい」
母が言う。
食べ終わってないのはわたしだけだ。
家族はみんな年越し蕎麦を食べ終えている。
年末進行のデスマーチだった父は、帰ってきて早々に眠ってしまった。
「はーい」
わたしは返事する。
「敬幸君に、あまり迷惑をかけるんじゃないのよ」
母はテーブルの上に未開封のホッカイロを置く。
「彼氏がいないとは、我が妹ながら寂しいわね。
いつまでも幼なじみにべったりで。
いっそのこと、まとまっちゃえば?」
朝陽が無責任なことを言う。
「幸ちゃんとは、そんな関係じゃないし」
否定はきちんとしなければ。
幼稚園の頃から、お隣さんで仲良くしているだけだ。
「幼なじみを卒業するのは、まだ先みたいね。
そろそろ支度しないと迎えが来るわよ」
朝陽は冷蔵庫を開ける。
冷えた缶チューハイを片手に、居間に戻ってくる。
わたしは食べ終わった器をシンクの中に置く。
ホッカイロを開封して、椅子にかけてあった赤いダッフルコートに袖を通す。
外は寒いんだろうな。
暖房の利いた部屋から出るのには、いささか心もとない装備だ。
「5円玉、持った?
それとお守り代とおみくじ代は?」
母が言う。
「大丈夫。
全部、用意できてるよ」
わたしはダッフルコートのボタンをぴっちりとはめる。
「あまり、遅くなるんじゃないわよ」
心配性な母に付き合っていたら、二年参りができそうにない。
テレビで流れている紅白歌合戦も終わりが近い。
結果が気になるが、それでは間に合わない。
「わかってますよー。
じゃあ、行ってきます」
玄関のドアを開けると幸ちゃんがいた。
「今年は早いな」
幸ちゃんが驚いたように言う。
「敬幸君、香澄をよろしくねー」
母が玄関までやってきて言った。
「任せてください」
猫かぶりが上手な幸ちゃんは、余所行きの笑顔を浮かべる。
「ちょっと早いけど、お年玉」
母はぽち袋とホッカイロを渡す。
ずるい!
わたしは、まだお年玉をもらっていない。
「ありがとうございます」
幸ちゃんはちゃっかりと受け取る。
わたしは、そんな幸ちゃんを横目で見ながら靴を履く。
ホッカイロを開封して、ポケットにしまう。
「それじゃあ、行ってきます」
幸ちゃんの言葉にうながされるように、外に出た。
外は肌を刺すように寒かった。
ぬるいホッカイロでは太刀打ちできない。
やっぱり手袋を持ってくれば良かった。
そんな後悔を早くもする。
歩いて15分程度の大師様までの距離が長く感じた。
隣を歩く幸ちゃんはマイペースにも、ようやくホッカイロを開封する。
「鳴ってるな」
幸ちゃんが言った。
耳を澄ませば除夜の鐘が鳴り始めていた。
夜も遅いのに大師様に続く道には、ちらほらと人影があった。
みんなお参りに行くのだろう。
「今年の紅白は、どちらが勝つんだろうな」
「白組だといいな」
去年は紅組が勝ったのだから、順当に白組が勝って欲しい。
お気に入りのアーティストが白組に多いだけだったが。
そんなおしゃべりをしていると、大師様についた。
時計を見ると、まだ12時前。
賽銭箱の前には、わずかながら列ができていた。
長蛇の列になる前に並ぶ。
煩悩を払う除夜の鐘が鳴り響く。
わたしは時計を見つめる。
長針と短針がぴったりと重なった。
「明けましておめでとう」
「ハッピーニューイヤー」
みんな考え方は同じらしい。
口々にお祝いの言葉があふれる。
列が動き出した。
流されるように賽銭箱の前に到着する。
用意してきた5円玉を賽銭箱に、投げ入れる。
今年こそ、素敵な彼氏ができますように。
わたしは念入りに願い事をする。
チラリと横を見ると、幸ちゃんは熱心な顔で祈っていた。
いったいどんな願い事をしているんだろう。
気になったが、訊かなかった。
いつものように、はぐらかされるだろう。
目が合った。
やましいことはなかったが、思わず視線をそらしてしまった。
「おみくじ、引くんだろう?」
「うん」
わたしはうなずいた。
階段を降り、テント下まで歩く。
巫女姿のお姉さんに初穂料を払い、昔ながらのおみくじを引く。
ガラガラと木の箱を回す。
どうか彼氏ができますように。
そんなことを思いながら、箱を逆さまにする。
番号が書かれた棒が出てくる。
「えーっと、51番」
わたしはおみくじがしまってある引き出しを開ける。
緊張しながら、吉凶が書かれた紙を見る。
昼間のように明るく照らされたテント下では、見たくない結果が書いてあった。
大凶
「大吉、引くよりも運がいいな。
これ以上、下はないから運気は上昇するだろ」
わたしの手元を覗きこんだ幸ちゃんが言った。
幸ちゃんなりの慰めも、心に響かない。
ショックは隠せない。
新年早々ついていない。
待ち人は遅くなるが来る。
と、書いてあるのが、唯一の救いだった。
「勉学は励むべしか。
頑張れよ」
幸ちゃんが軽く頭を叩く。
ほんのりあたたかさが伝わってきた。
「幸ちゃんは、どうだったの?」
わたしは尋ねた。
すでにおみくじは畳まれていた。
「秘密」
そう言って、結びに行ってしまう。
そんなに良い運勢ではなかったのか、高い位置に結ぶ。
わたしもあわてて結びに行く。
背伸びをして、一番高いところに結ぶ。
運気が上昇しますように。
そう願いながら結ぶが、ちょっと不恰好になった。
幸ちゃんのおみくじはお手本のように、きれいに結ばれていた。
背が高いと得だな、とわたしは思った。
それから古いお守りを納めると、新しいお守りを買う。
一応、来年度から受験生になるから、学業のお守りにした。
ホントは恋愛運が上昇するパワーストーンのお守りが欲しかったけれど。
幸ちゃんに何を言われるかわからない。
「そろそろ帰るぞ」
「はーい」
家では御節を食べ始めているだろうか。
暖かい部屋で栗きんとんや伊達巻卵を食べたい。
人混みとは正反対の方向に進む。
「今年もよろしくね」
「仕方ないな」
新年の定型文に、違う言葉が返ってきた。
「大凶から守ってやるよ」
幸ちゃんは笑ったような気がした。
ぽつりと立っている街灯の下では確認できなかったけれども。
ポケットに入れっぱなしだったホッカイロは熱いぐらいに手を温めてくれた。
幸ちゃんはホッカイロみたいだ。
そんなことをわたしは思った。
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