「文を綴り披く月 2025」

『文を綴り披く月 2025』
https://x.com/iotuで参加させていただいた31日間の競作企画。

2025年7月1日から31日間で一つずつお題に沿った小説を一話一話投稿したものです。
主催は綺想編纂館(朧)https://x.com/Fictionarysさんです。

幼なじみの高校生の男女の両片思いからハッピーエンドになるまでの140文字小説です。
時系列はお題ごとですが、たまに過去の回想シーンも入ります。
話ごとに視点が入れ替わることもあります。

Day1 夕涼み

まっさらな歌声が聞こえてきた。自然に耳に入って、すっと解けていく。まるで角砂糖がソーダ水に溶けるように。技巧もなければ、それほど安定した声でもなく、音域も狭い。上手な歌とは決して言えないだろうが、その声はいつまでも聴いていたい、と思えるものだった。できたらすぐ隣でと願うぐらいに。

Day2 風鈴

風鈴が羨ましいと私は思う。透明なガラスに自由に泳ぐ金魚。風に合わせて切ないほどの音色を奏でる。人が造ったものなのに、私の歌声はこれを超えられない。人工物に負けるほどの声と技術力だった。素直に彼の傍で歌えるほど、もう子どもではなくなった。こんな雑音のような声は彼には聞かせられない。

Day3 鏡

姿見の前でチェックする。少しでも可愛い自分でいたいから。それでも鏡は正直で、ありきたりで平凡の私を写す。ちょっとぐらい笑えば、女は愛嬌って言われるんだから、可愛いと思ってもらえるかもしれないけど。鏡の前では困ったような、泣きそうな私が写る。きっと彼の瞳の中でも同じなんだと考える。

Day4 口ずさむ

彼女が口ずさんでいた楽曲を探す。メロディだけで、歌詞を聞き取れなかったから、見つけ出すのは大変だった。彼女はとても歌が好きだから、メジャーな曲だけを好むわけではない。サブスクに入らない曲ですらない歌も聴いている。ボカロをさわったばかりの素人の曲ですら聴いているのだから骨が折れる。

Day5 三日月

ダイエット中だと言っていたのに、彼女はおやつでクロワッサンを食べていた。どう考えたって高カロリーだろう。菓子パンなんて栄養がない。それを指摘すると「三日月を食べたい気分だったの」と訳のわからない返事が返ってきた。スマホで調べてみると、確かに「三日月」という意味のフランス語だった。

Day6 重ねる

彼との想い出は重なる。いつでも一緒にいて、いつでも同じものを見ていたから。でも、それは想い出の中だけ。今は制服の形が違うように、決して重ならない。きっと気持ちだって重なるはずがない。だから、こんな歌ばかりを口ずさむのかもしれない。片想いとか、失恋とか。恋が実る前の歌ばっかりだ。

Day7 あたらよ

夏至を過ぎても、夏の夜は短い。もうすこしぐらい長くてもいいと思う。だって夜が明けたら本当の自分をさらけださなきゃいけないから。夜が明けるのを惜しむと書いて「あたらよ」と古典の授業で習ったばかり。でも、それは情熱的な恋の和歌だったから、私と彼では違う。もう彼の隣にはいたくないのに。

Day8 足跡

アルバムをパラパラめくれば、彼女と一緒にいた頃ばかり写っている。アナログの足跡。消すことができない一瞬の景色。この時の彼女はとびっきりの笑顔で、僕の隣にいたのに、最近はうつむいてばかりだ。このまま影の中に紛れてしまうのではないか、と僕が思うぐらいに彼女は遠い存在になってしまった。

Day9 ぷかぷか

ぷかぷかと浮かんでいるマシュマロ。あたたかいココアにいつか溶けて、甘くなる。甘いものに、さらに甘いものを乗せるのは不思議に思った。それでも、夏だというのに私は、その甘ったるいぷかぷかを眺めている。現実が苦すぎて、刹那の甘さが欲しくなる。マグカップ一杯の心の逃避行。逃げ場はない。

Day10 突風

悪戯な突風が起こしたのは奇跡か喜劇か悲劇か。会いたくない、会いたい人物が目の前にいた。先生のところには運ぶための解答用紙。それが開けっ放しの窓から滑り込んだ風によって舞った。それを優しい彼が拾って、一緒に集めてくれた。私には気まずい時間だった。できるだけ笑うと思ったけど失敗した。

Day11 蝶番

ピアノについた蝶番。音楽室に置いてある黒いグランドピアノの前に座る。部活以外では誰も来ない場所だったから私は安心してピアノの前に座る。家にあるのは電子ピアノだから、蓋の重さも鍵盤の重さも途惑う。そして視線に入る蝶番も。私には不釣り合いだった。それでも誰でもない部屋で歌を口ずさむ。

Day12 色水

色水遊びをしていた頃の話。私は女の子らしくなく青ばかりで遊んでいたらしい。色のついた水を合わせたり、紙に吸い込ませたりして遊びながら勉強するはずなのに、青い食紅ばかりで、先生たちを困らせていたみたい。そんな想い出もアルバムの中しか存在していなし、お母さんたちからの話から知らない。

Day13 牙

牙が抜かれた家畜みたいな生活に私は不満はない。野生に帰されても困るだけだ。快適な温度と美味しいご飯の中で私は暮らしている。それを腑抜けだと言われてもかまわない。勇気が必要なことなんて、もう二度としたくない。それでも鏡の中に犬歯を発見して、牙を見つけてしまう。誰かを傷つけるのかな。

Day14 浮き輪

海水浴もプールも苦手。25メートルも泳げないし、自分の背よりも高い水は嫌い。だって溺れてしまうから。浮き輪にもたれかかって、クラゲみたいに流されるのがせいぜい。私ほど海が似合わない女の子はいない。それに水着姿を見せられるほどの綺麗なボディラインをしているわけでもない。溺れちゃえ。

Day15 解読

子どもから貰うものは親にとっては宝物らしい。でも子どもからすれば、黒歴史だ。お母さんが懐かしいと並べた画用紙はクレヨンで描いてあった絵もひどければ文字はもっとひどい。解読が必要なほど変な文字が書かれていた。全部、ひらがなっぽいけど、自分でも読めない字形をしていた。その隣に彼の字。

Day16 にわか雨

学校を出ようとしたら、にわか雨。ゲリラ豪雨って最近では呼ぶようになった夕立。激しい雨に折り畳み傘も役に立ちそうにない。昇降口で立ち尽くしていたら、彼に出会ってしまった。タイミングって悪すぎる。びしょ濡れ覚悟で家に帰って、逃げちゃえば良かった。彼の世間話に憂鬱な気分で相槌を打った。

Day17 空蝉

学校の教科書では載っていない『源氏物語』の空蝉。教育的に良くないって判断なんだろうな。桐壺とは純愛に見えなくもないだろうけど。もし彼から迫られて、空蝉みたいに逃げ切れば一生、心の中に残れるんだろうか。そんな度胸は私にはないし、そもそも人妻になれるような教養も機転も持っていない。

Day18 交換所

すっごく昔。私が生まれる前でも、お母さんが生まれる前でもないぐらい昔。電話をする時に、交換所というものがあったらしい。そもそも一家に一台も電話がなかったらしいんだから、今は便利だ。スマホを持ち歩かない高校生なんていないんだから。アニメで見た電話を交換所で繋ぐシーンは感動したけど。

Day19 網戸

網戸に薄荷油を希釈したスプレーを撒く。定期的に行っているけど、ドラッグストアで吊り下げタイプの虫よけを買ってくればいいのに、と私は思う。お金を稼いでるのはお父さんだし、やりくりしているのはお母さんだから、養ってもらっている私の口出すことじゃないけど。汗拭きシートに似た香りがした。

Day20 包み紙

彼からぐしゃぐしゃになったお菓子の包み紙を渡された。お菓子を持ってくるのは校則違反じゃないし、好きにすればいいと思うけど。わざわざゴミを私に渡さなくてもいいと思う。ゴミはゴミ箱に。もしくは持って帰るとか。捨てる前に個包装用の包み紙を見れば、数字が書いてあった。意味がわからない。

Day21 海水浴

両家の懇談を兼ねて、海水浴に来たのに、彼女は相変わらずパラソルの中だ。パーカーは羽織っているぐらいなら不自然さもないけど。ちゃっかりと文庫本を持参している辺り、泳ぐ気もなければ、ビーチバレーもする気がないんだろうな。砂遊びなら誘えばやってくれるだろうか。焼けるからと断られそうだ。

Day22 さみしい

さみしい、って素直に言えなくなったのはいつからだろう。いつでも一緒にいたから、さみしいって昔は思わなかった。今だって物理距離はあんまり変わっていない。ただ心はすれ違っているから、私はさみしいって言葉を知ったし、今も味わっている。そのうち彼にはお似合いの可愛い彼女ができるんだろう。

Day23 探偵

ロンドンのビッグベンで大告白した高校生名探偵だって、長いこと幼なじみに片思いをしていた。ここはロンドンじゃないし、僕は名探偵でもないから、彼女の心なんてもっと推理できない。幼なじみとして、一緒にいた時間が長すぎた。嫌われてはいないんだろうけど。よそよそしいから、弱音を吐きそうだ。

Day24 爪先

校則違反をしてくる女子の方が多いから、彼女の指先は目立つ。本とかに出てくる桜貝色した綺麗な爪をしている。かなり短い爪先は健康的な白だ。それを再現するために普通の女子はフレンチネイルとかいう合成的なことをするらしい。天然には負ける、と思うんだけどな。それなのに彼女はうつむいている。

Day25 じりじり

じりじりと肌を焼く太陽に、呼吸すら苦しくなる。日傘デビューすればとは言われるけど、男が日傘とか恥ずかしい。それに女の子ならともなかく真っ白な腕とか、筋肉がつかないから気持ち悪すぎると思うんだけど。じりじりと焼けるのは肌だけではなく、彼女への気持ちだったりもする。隣にいるのに遠い。

Day26 悪夢

悪夢を見た。暑いから眠りが浅いんだろうけど。不安や心配事があれば見るって言うし。それでも正夢にはなって欲しくないって僕は思った。だって彼女が僕が以外の男に笑いかけて、仲良くパピコをシェアしているとか。そんなこと僕と彼女が最後にしたのはいつだろう。永遠なんてないことはわかっている。

Day28 ヘッドフォン

どのような音であっても私にとってノイズになることはない。音がない方が苦痛だ。音がない空間というのは誰とも時を共有していない証拠だった。パソコンに入っている音楽情報があれば過去をなぞって満たされる。彼がくれたCDと同一情報のクラシック。ヘッドフォンが必要な暮らしをしたことがない。

Day28 西日

西日の窓から夕焼けが見えた。私はたまたまキッチンに行って冷蔵庫から冷たい麦茶を出そうと思って。夕焼けってきちんと見れば綺麗なんだって、思った。太陽が沈むなんて、ただの日常風景だけど、違って見える。きっと暑すぎる夏に負けないぐらいの熱い気持ちのせいだ。夜がきて溶けちゃえばいいのに。

Day29 思い付き

気まぐれみたいな思い付きなのかな。あまりポジティブには受け止められない。私が卑屈なせいだ。可愛くないのはわかっている。外見だけじゃなくて、心まで可愛くない。拗らせちゃった想いは焦がした鍋みたい。食材は消し炭になっている。彼からのメールの返事はまだできていない。正解は見つからない。

Day30 花束

花屋さんで僕の気持ちを束ねてもらった。バイト代で買ったブーケ。彼女用の花瓶があるかわからなかったし、ラウンドブーケとか言われる丸いヤツ。花言葉なんてわからなかったら完全に店員さんにお任せしてしまった。この花束で彼女に伝わればいいのに、と願いながら、メールを送ったから、待っている。

Day31 ノスタルジア

夏の終わり。ノスタルジアって言葉に浸るのがちょうどいいらしい。彼女は買ったばかりの花瓶に一輪ずつ花を活けている。店員さんにあいかわらずお任せてしまったけど、彼女はバランスよく花を活けていく。懐かしい歌を口ずさみながら。まっさらな歌声はやっぱり心の中にすっと溶けいって笑顔が零れる。

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