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休日がことごとく結婚準備で埋まっていく。 そのことのチアキ自身は大きな不満があったわけではないが、蓄積していく悩みがないわけではなかった。 今日は花屋の定休日としている日だった。 プロポーズを受ける前だったら、のんびりと自分の部屋でゆったりと過ごしていたことだろう。 あるいは適当にしかしていなかった家事を本格的に取り組んで、家の中をピカピカに磨いて、いつもよりも手の込んだ料理を作って、お一人様を楽しんでいた。 が、今日は約束があったのでチアキは外出をした。 ショウが好んでいる古民家風のカフェではないが、『惑星CA‐N』でも風変わりなカフェにいた。 頑丈な木で作られた椅子は落ち着くブラウンで塗装されていた。 テーブルには清潔感のある白いテーブルクロスが広げられている。 そこにはぬるくなり始めたミルクティーが載っている。 店主の心配りでナッツとチョコレートの2種類のクッキーが一枚ずつ別皿に添えられいた。 そこでチアキは何度目かわからないためいきをついた。 結婚式の手順が乗っているタブレットを見つめる。 やはり結婚式では誓いの言葉が定番のようだ。 外せないものか、と『地表主義』で淡いとはいえ憧れていた『結婚式』の式次第でチアキは思った。 無神論者のショウを神の御前で誓いの言葉を立てさせるのは、非常に良くない気がするのだ。 信じてもいない神に永遠の愛を誓う。 無宗教のチアキとて教典のすべてを知っているわけではないが、それなりの信仰心はある。 神さまに嘘をついてもいいのだろうか。 その心理負担とは? チアキはショウから気を使ってもらってばかりなのだ。 ここぐらいは譲るべきだろう、とは思う。 淡い憧れである永遠の誓う言葉がなくなるのは残念だとは思う。 病める時も、から始まる誓いの言葉たち。 どんな苦難の日々が待っていても、支え合う。 そういう約束だ。 チアキにはまだぼんやりとしか想像つかない未来。 ショウが望んだ。 あるいは願っているカスミソウの花のようにチアキはなれるだろうか。 チアキの子どもじみた願望はすでに叶えられている。 「チアキちゃん、マリッジブルー?」 声をかけられて、チアキは顔を上げる。 待ち人は相変わらず時代錯誤な格好をしていた。 映像ディスクでもなかなかお目にかからない洋服を着ている。 四世紀ぐらい昔、といっても誰も疑わないようながワンピース……いやドレス姿だ。 「モリヤさん。 あ、今は」 数週間前までの呼び方の方が先に出てしまう。 「ハルカでいいわよ。 市民番号みたいにこちらは変わらないから。 私とチアキちゃんの仲なのだから」 ハルカはにこりと笑って、チアキの反対側に座る。 店員がすぐに水の入ったグラスとおしぼりを持ってきた。 「ありがとう、ハルカさん」 店員が去ったのを確認してからチアキは言った。 「で、悩み事? 先輩として相談に乗るわよ」 陽気な女性はおしぼりで手を清める。 「ハルカさんは姓の併記ではなく、改姓したんですよね」 自分自身も風変りだと思ったが、ハルカの方がもっと変わっていた。 類友なのだろうか。 銀河標準法では改姓はめったにできない。 「ええ、一生に一度ぐらいしかできないもの。 しかも『惑星CA‐N』でも市民番号がJから始まる場合の特権ね。 特例は使わないと、損でしょ? モリヤという姓が好きじゃなかったこともあるわね」 ハルカは言った。 先週結婚したばかりで新婚ほやほやなわけだけど、変わったようにチアキにはあまり見えなかった。 「書類は大変じゃなかったですか?」 好奇心に負けてチアキは尋ねた。 「その辺はお役所が全部用意してくれたから、ひたすら直筆でサインをしていくだけね。 市民番号が割り振られているから、そこさえクリアしてしまえば楽よ」 「そうなんですか」 身近に結婚をする同性も少なければ、改姓まで踏み切るタイプはもっと少ない。 レアどころの騒ぎではない。 「チアキちゃんも改姓するように言われたの?」 「そんなことは一度も」 「さすが名誉公務員。公平ね」 ハルカは朗らかに笑う。 「実は……誓いの言葉を省けないものか、と」 「結婚式までするのに?」 パッチリとした大きな瞳をさらに大きくしてハルカが尋ねた。 「神を信じていない人に言わせるのが酷い気がして」 チアキは視線を落とす。 もう冷めてしまっただろうミルクティーを見る。 ぼんやりとした自分の輪郭が揺らいでいる。 「チアキちゃんだってそうじゃない」 「無神論者と無宗教は違いますよ。 わたしは都合の良い時だけ、神頼みをします。 自分勝手に助けてくださいって」 チアキは顔を上げて言った。 ショウは神を否定しているのだ。 論理的なものだろうか。 数学の世界であり、哲学的でもあった。 実在の証明は難しい。 チアキは良いことがあったら神様がいるのだと思う。 新しいことにチャレンジする時は成功するようにお願いをする。 それが今までのチアキの人生で、価値観だった。 「大昔のように人間同士で誓いあれば? 形を変えてかける月には不実な月には愛を誓ってはいけないから、って。 パーティーをするのだから、立会人は全員でいいんじゃない?」 「不実な月?」 「あら、知らないの? ロミオとジュリエットの有名な1シーンよ。 お互いの姓が愛を邪魔する、から続く言葉ね。 二人の家は敵同士ですもの」 「そういう話もあるんですね」 家のしがらみというのは、どの時代になってもあったようだ。 宇宙時代であっても『地表主義』が姓にこだわるように。 「バラの香りが変わらないように、私がモリヤじゃなくなったからって、私が変わったわけじゃないでしょう?」 ハルカは意味深な言葉を言う。 これもどこからかの引用してきた言葉だろうか。 「そうですね」 チアキは頷いた。 「ためいきをつくほど悩んでいるんだったら、きちんと話し合わないと。 死ぬまで一緒だと約束するんだから」 「手を煩わせるのが悪いと思って。 忙しい人なのに。 わたしのためにかなり時間を使ってもらっているのに。 これ以上、わたしのささいな引っかかりで迷惑をかけるわけには」 チアキは言った。 ショウが先回りをして準備をしてくれるから、チアキは決めればいいだけになっている。 条件を絞った上で、自由に選べれるようにと選択肢を残しておいてくれる。 優柔不断なチアキが悩みすぎて困らないように配慮をされているのだ。 「そういうところがチアキちゃんの素敵なところだと思うけど。 いまどき、奥ゆかしいって言葉を体現するような女の子は少ないわね。 私が、私が、って。 自己主張をするのは権利だけども、思いやりも大切よね」 「わたしは自分に自信がないだけです。 平凡なので。 この宇宙時代にあっては少数派な自覚はあります。 どこが良かったのか。 選ばれた理由もわからなくって」 チアキは苦笑いを浮かべる。 物語出てくるような情熱的な恋をしているわけではない。 淡々とした。 日常の続きにぼんやりと広がっている未来を歩き続けている。 「あまり外ではしない方が良い話ね。 曲解されて自慢話に聴こえるから」 「ハルカさんだから話したんです」 完全な弱音だった。 「信じてくれて嬉しいわ。 友だちですもの」 ハルカはグラスから一口、水を飲んだ。 「女の綺麗は作れるのよ。 外見なんていくらでも誤魔化しがきくの。 チアキちゃんは今まで最低限以下のことしかしなかったのに平凡ですまされていたのよ。 普通だったら根暗なブス扱いね。 元が悪くないんだから味付け次第だわ」 ハルカは断言する。 「いや顔が小さいわけでも、目がパッチリと二重というわけでも。 スタイルだって良いとは言えませんし」 「お化粧で充分、変わるわ。 あとは服装。 でも綺麗や可愛いは作れても作れないものがあるの」 ハルカは自信満々に言う。 「それは?」 気圧されながらチアキは尋ねた。 「魂の輝き」 「……ハルカさん。 懐古主義すぎ」 チアキは脱力する。 確かに外見は化粧と服装でどうにかなるかもしれない。 「心までは作れないわ。 内面の美しさはにじみ出るものなのよ。 性格の良さまでは誤魔化せない。 チアキちゃんらしさは貴重ね」 「わたしの性格が良いですか? これといって優しくもなければ、利己的なところもありますよ。 癒し系でもないですし」 どちらかとういえば性格が悪いような気がする。 社交性も低いし、盛り上がるようなことも言えないし、率先して何かができるわけでもない。 「これだけ宇宙時代なのに、チアキちゃんは自分らしさを貫いているじゃない。 周囲に合わせてへらへらと愛想笑いをせず、こっそりと陰口を言ったりしないで、誰かの足を引っ張るために罠を仕掛けたりもしないでしょ? そういうところがヨコヤマさんには新鮮に見えたんじゃないかしら? 出世競争をしている公務員の女性にはいないタイプだと思うわよ」 ハルカは太鼓判を押すように言った。 ……珍しいから、あえて選んだ。 そんな理由だろうか。 素直に訊ければ、こんな苦労はしない。 チアキにできることは少ない。 カスミソウらしくあるだけだ。 花屋の店先に必ずある花材。 花束のメインになれなくても通年、途切れることなく花屋は仕入れをする。 チアキもカスミソウを欠品させたことはない。 それは花言葉の『永遠の愛』に相応しいのだろうか。 |