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「チアキさんはいつでも控えめですね。 まだ私に遠慮がありますか?」 ショウは淡々といった表現で相応しい口調で質問をしてきた。 それにチアキは戸惑う。 宇宙時代における『地表主義』。 変わり者の集まりのハセガワ家の一人娘。 自分から人の輪に加わっていくタイプでもなければ、友だち作りも下手だった。 一人で過ごす時間が長く、家の中で紙媒体の本を読んでいた。 貴重品のそれは代々伝わってきたもので、今は数冊だけチアキが居住している花屋の店舗兼自宅の私室に置いてある。 何度も読んで暗記していしまっている部分も多いのに、枕元まで持って行ってページをめくる時がある。 タブレットで文字を読むのが当たり前の時代だから変わっているではすまされないだろう。 実際、仕事関係の本や講習会などの案内はチアキでもタブレットで読む。 それも縦書きの文章ではなく、横書きの文章だ。 『惑星CA‐N』では、その機会がもっと増えた。 故郷と呼んでもいいのだろうか。 もう二度と帰れない場所を。 今でも未練を抱えて還りたい場所に、たくさんの本と共に想い出も置いてきてしまった。 ショウは新しい帰る場所だ、と思ったけれども、まだ馴染めない。 人生を共にするパートナーになる、と決断したのに。 後悔をしていない、と言ったら偽りになる。 価値観が違いすぎて、溝のように埋められない気がしてくるからだ。 ショウが気を使ってくれればくれるほど、自分が面倒な女だと気がつく。 名誉ある公務員で、まだ若ければ、誰もが憧れる外見だ。 選びたい放題のショウが寄りにも寄って、チアキなんかを選んだのが理解できない。 「そういうわけではないのですが。 ただわたしは主役ではないと思っていて」 チアキは言葉を選ぶ。 緊張して持っていたティーカップを落としそうになるから、ソーサーに戻した。 初めてデートした場所をいまだに結婚式の準備のための打ち合わせに使っていた。 人気の少ない喫茶店で、常連客も静かな人たちばかりだ。 オーナーや店員は詮索することもなく、長居をさせてくれる。 正直、デートらしいデートをしたことがなかったが、居心地が悪いとは思っていない。 どこかのテーマパークに出かけるのも、体験型の映画を観るのも、チアキには純粋に楽しめない。 宇宙時代では学生でもしているデートコースすら、チアキにはハードルが高かった。 仕事との両立もあるが、これぐらいのテンポの方が良かった。 「人間というのは自分が主役の人生でしょう」 ショウは正論を言う。 事務的にな響きがする口調だったが、チアキには気にならなかった。 「そうですね」 チアキは頷いた。 文学的な表現を覚える、と言ったショウは有言実行だった。 「でもわたしには引き算の美学があると思います」 主役を食べてしまうような脇役は舞台には必要ない。 「どの花も美しいです。 でもメインになる花を決めなければ花束になりません。 引き立て役になる花材もあります」 チアキはつっかえつっかえと言った。 どんな花も一生懸命に咲いている。 切り花の寿命は短い。 綺麗に咲いている最高の状態に保っておくが花屋の仕事だ。 「ショウさんがプロポーズにくださったカスミソウが有名でしょう」 カスミソウの花に不満があったわけではない。 小さな白い花がついたたくさんの花束。 天国の青のリボンで結ばれていた。 それが二人だけの符丁のような気がチアキにはしたから、想い出が一つ増えた。 貰ったカスミソウは両手に抱えるほどだったのに、全部ドライフラワーにした。 リボンにはアイロンをかけた。 結び跡が残っていないリボンは引き出しの中で眠っている。 「カスミソウに不満があるとはわたしは思いません。 バラだけ、ガーベラだけ。 自己主張の強い花だけでは花束にはなりません。 緩和剤になっていると思います」 チアキは言った。 「確かに娯楽用の映像ディスクには名脇役がいますね。 面白い、と評価を受ける作品は例外がありませんでした」 ショウは言った。 「なので花屋の店主が主人公がダメなんです。 買いに求められたその人に似合う花を」 3年間。 そうやってチアキはショウに花を選んできた。 休みの日に独身男性が花を買い求める。 一輪の花でも世話は大変だろうと扱いやすく、飾った時に心を和ませる。 季節感が薄れた宇宙時代だからこそ、カレンダーに合わせた花を。 あえて高級な花や珍しい花ばかりを選ばなかった。 かつては身近であった花たちを心を込めて選んできた。 「あるいはその花を贈る相手に相応しく。 わたしの気持ちを押しつけて花を売るのが仕事ではありません」 「そういう考え方もありますね」 ショウは同意した。 が、黒に近い深い焦げ茶色の瞳がチアキを捉える。 「ただ結婚式の主役は花嫁です。 遠慮は必要ありません。 ご希望をどうぞ」 そういってタブレットをチアキに示す。 そこには『地表主義者』同士が凝りに凝った時の結婚式の見本とかかるおおよその金額が提示されていた。 あまりに高額なそれに気圧されながら 「は、はい。 そうですね」 ぎこちなくなるのがわかる程度だったがチアキはどうにか笑った。 見たことのない桁数の数字が表示されている。 無理だと本能が拒絶したくなるがグッと我慢した。 |