11月1日から30日間で一つずつお題に沿った小説を一話一話投稿したものです。主催は綺想編纂館(朧)さん。https://twitter.com/Fictionarysです。私は#twnovelで今年(2021年)も参加させていただきました。
私を閉じこめるために、その鍵はあった。
「悪く思うなよ」と牢の鍵をかけた主は言った。
そして、その鍵を牢の中に滑りこませた。
私はそれを受け取った。
いつでも出ていける、ということだ。
本当は、主は私に出て行ってほしいのだろう。
押しつけられた厄介ごとだと思っているのだろう。
私は鍵を握る。
ビルの屋上に素足の君が歩いていた。
僕はフェンス越しにそんな君を見つめていた。
フェンス前に並んだ靴と手紙。
一歩踏み外せば、地面に叩きつけられる君は楽しそうだ。
鳥が歩くように、蝶が舞うように狭いコンクリートを歩いていた。
僕はそんな君を止めることすらできずに、屋上で立ち尽くしていた。
ことこととかぼちゃを煮る。
夏が旬のかぼちゃは冬になると甘さが増す。
甘党のあなたに合わせてかぼちゃの水煮を作る。
砂糖は5杯。
まるでデザートのように甘いかぼちゃを頬張るあなたを見るのが幸せだ。
弱火でじっくりと煮る。
寒いはずの台所は、煮物料理をしているからか、あなたを想ってか寒くない。
君は器用に紙飛行機を折っていく。
一つ、二つと、満点のテスト用紙を紙飛行機に仕立てていく。
僕も見よう見まねで、赤点ギリギリのテスト用紙を折っていく。
けれども、僕の紙飛行機はどこかボロボロとしていて美しくなかった。
君が作り出す満点の紙飛行機とは違う。
その差を見せつけられたようだった。
さっきから幼馴染が指を折ったり戻したりしている。
小さく呟きながら小首を傾けている。
それから、長くため息をついた。
風に紛れそうな声で「秋灯貴方から貰った手紙」と囁いた。
それに僕はびっくりした。
「誰から手紙を貰ったの!」
「え?」幼馴染はきょとんとした目で僕を見て、笑った。
「俳句だよ」
あなたと拾ったどんぐりは、あなたの瞳の色と同じように見えた。
それだけで宝物のように思えて、ひとつひとつ布で拭った。
秋の記憶ではなく、大切な想い出になったような気がした。
漆の箱に、あなたと一緒に拾ったどんぐりをしまいこむ。
あなたといつまでも一緒にいられるような気がするから大切に。
引き潮になって海は砂漠のようになった。
どこまでも遠ざかっていく海を君は楽し気に歩く。
僕は追いかける気にもならずに、テトラポットから君を見やる。
「おいでよ!」と君は靴を片手に誘う。
僕は砂原に足跡をつける気分ではなく、かといって海を辿る気分でもなかった。
君だけが引き潮を楽しんでいる。
金木犀を簪代わりに髪に飾りましょう。
風が吹く度、金木犀の小さな花弁は揺れて、香りを振りまくでしょう。
私はここにいるよ、見落とさないで、と風と共に囁くでしょう。
私も同じのような身。
本当は姿を隠していたいのに、気がついてほしい、と二律背反を抱えている。
だから、金木犀を髪に飾るのです。
神隠しにまつわる本当の事実。
それを知りたいと思っていた。
黄昏時に朱い鳥居をくぐれば、異界へと導かれるという。
人の子の魂は燈心に灯った火よりも、心細いものだ。
たやすく神隠しにあってしまう。
だから黄昏時に朱い鳥居を独りでくぐってはいけないよ。
無垢な娘子は神様に手を引かれてしまうから。
透明の硝子瓶に並々と水を注ぐ。
零さないように水を入れていく。
陽光を浴びて、それだけでも綺麗なものに紙でできた花をそっと落としこむ。
ゆっくりと花は水の中で広がる。
まるで枝についた花が綻ぶのを早送りをするように作り物の花が咲く。
現実には存在しない色合いの花たちが硝子瓶の中で咲き誇る。
雲ひとつなくからりと晴れた青空に感謝しながら、洗濯機を回す。
洗濯が終わるまで自由時間だ。
食べかけのお菓子を口に運ぶ。
そんなわずかなことでも幸せを感じる。
洗濯機からメロディが鳴る。
どうや洗濯が終わったようだ。
開けっ放しだった障子をからりと閉める。
これからは一仕事だ。
からりと笑った。
坂道を上った先には、こじんまりとしたパン屋さんがある。
個人運営のパン屋さんからは良い匂いがする。
バターが溶ける匂い、小麦粉が香ばしく焼ける匂い。
私はそこの常連だ。
朝食を彩るために、朝早く毎日坂道を上ってパン屋さんへと向かう。
坂道は険しいけれど、ご褒美のようなパンを食べられるのだ。
泣きたい気分で空を見上げれば、うろこ雲が広がっていた。
一つではなく、群れなす雲に慰められたような気がした。
いつか零した涙も蒸発して空を彩る雲になるだろうか。
だったら今日見上げたうろこ雲になりたいと思った。
独りぼっちの寂しさはこれ以上、味わいたくなかった。
それなら誰かと共にいたい。
誰よりも会いたかった人なのに、いざ再会をしたら、素直に嬉しいと言えなかった。
心とは裏腹に「まだ生きていたのね」と憎まれ口をたたいてしまった。
それなのに、あなたは微笑んで「君に会えて良かったよ」と言う。
心から欲しかった言葉だったから、頬を涙が伝った。
あべこべな私の涙を拭ってくれた。
大人になった今でも覚えている。
おやつはいつでも母の手作りだったことを。
袋菓子やアイスクリームも食べてみたい、と駄々をこねたのは一回ではない。
それでもおやつの時間に出てくるのは、母が作ったおやつだった。
素朴で、飾り気のないおやつは魅力がなかった。
そこにこもった愛に気がつかなかった。
水の中は自由になれる気がした。
友だちから『前世は人魚姫だったんじゃない?』とからかわれるほど、水の中に執着した。
海へ泳ぎにいけない時は、狭い浴槽の中で小さくなって浮かんでいる。
水がなければ上手に呼吸ができないほど、水の中を愛していた。
人魚姫のように、このまま泡になれればいいのに。
ずっと流れる星を追いかけていた。
叶えたい願いがあったわけじゃない。
君が隣にいてくれれば、それだけで充分だった。
君が息を弾ませて「流星群だって」と僕に伝える。
君が叶えたかった願いを僕も願うよ。
背が伸びるにつれて、君の笑顔は少なくなった。
だから僕は流れる星を追いかける。
痛みを伴って。
旬のものを食べると長生きできるという。
本当か嘘かは真偽は分からないけれども、旬のものは懐に優しく、美味しいのは確実だ。
実りの季節に感謝して、旬のもので揃えた晩ご飯を口に運ぶ。
我ながら上手にできたのではないか、と感心する。
まだ実家の母には敵わないけれど。
今度レシピを教えてもらおう。
クリーニング屋さんに冬用コートを出す。
いつもは洗濯機のドライで洗ってしまうのだけれど、これは特別。
あなたと一緒に選んだコートだから、今年も着たい。
だから、丁寧にしまってあったし、虫食いひとつない。
あなたは去年みたいに、この冬用コートを着た私に「似合うよ」と言ってくれるだろうか。
祭りのあとは寂しい気分になる。
楽しければ楽しいほど、その寂しさは強くなる。
さっきまで一緒にいたみんなの顔を思い出しながら、後片付けをする。
誕生日なんて柄じゃないと思っていたけれども、楽しかった。
みんなはお祭り騒ぎをしたかっただけなんだろうけど、それでも嬉しかった。
来年も期待する。
嫌なことがあった日は缶チューハイを買って帰ることにしている。
「おつまみどうしよう」と思わず声がもれた。
それだけ、他人とまともな会話をしていないのだ。
安売りのワゴンに積まれた缶詰を見て、なんだか自分みたいだと思った。
買い物かごに一つ缶詰を入れる。
晩酌のおつまみは何となくで決まった。
幸せ過ぎて泣いているのか、笑っているのか、分からなくなった。
一度は離した手を再び握ることができる。
自分勝手な理由だったけれども、それだけに嬉しい。
「これからはずっと一緒だよ」とあなたも泣き笑い。
寂しい顔ばかりが印象に残っていたから、そんな表情に心臓が走り出したようにドキドキした。
笑顔を作るレシピは難しい。
それでも君の前では笑っていなければならない。
そうしないと、君は後悔したような顔をするだろう。
だから甘い砂糖菓子を食べたような顔をして、微笑んでいなければならない。
笑顔のレシピは存外難しい。
お日さまの光を星でできた金平糖にまぶしてシナモンで香りづけをする。
天文学の雑誌を読んでいた僕は「一度でいいから月虹を見てみたい」と言った。
お弁当を頬張っていた君は「ゲッコウ?」と不思議そうに尋ね返した。
僕は購買のレシートの裏に『月虹』と書いた。
「そんなものがあるんだ」と君は言った。
「見ると幸せになれるんだって」僕は言う。
「今は幸せじゃないの?」
昼下がりだ。
常連さんは、そろそろやってくるだろうか。
カツンカツンと規則正しい音が響く。
ステッキの音がした。
「こんにちは、お嬢さん」と常連さんは帽子を脱いで一礼する。
お嬢さんという歳でもないのに、そう声をかけられると嬉しくなるものだ。
「今日のお勧めは何かな?」としわを深くして笑う。
「タダというわけにはいかないからね」と腰が曲がった老女がにたりと笑う。
「それなりの対価をいただくよ」と付け足すように言った。
少女はテーブルの上に金貨を置く。
「お願いします。頼れるのはあなたしかいないんです」
「金貨か。こんな物は魔法の対価にはふさわしくないね」と老女は溜息をついた。
その菓子は初雪のように白一色に染まった粉砂糖がほろほろとまぶされていた。
粉糖を零さないように気をつけて食べる。
まずは一口。
菓子は、ほろほろと柔らかく口の中で崩れる。
甘すぎることなく、けれどもしっとりしたクリームに、堅すぎないスポンジ生地。
お取り寄せした甲斐があったというものだ。
築年数を考えたくない安アパートは、隙間風が入りこむ時期になった。
暖房なんてもっての外。
ペラペラの掛け布団にくるまって夜をやり過ごす。
いい加減、引っ越せばいいのにと自分でも思う。
けれども田舎の祖父母の家を思い起こす木造建築で和むのだ。
ふいに木枯らしが吹き隙間風が入りこみ寒さを増す。
ダンジョンの地下一階は初心者向けにできている。
強いモンスターも出てこない代わりに、報酬も微々たるものだ。
ここで経験値を積み、さらなる奥へと進むのが定番だった。
どのゲームでもそんな風にできている。
ギルドから報酬を受けて再び地下一階を選択する。
「そろそろ下の階に行ったらどうでしょう」
すべての言の葉を綴る人たちに、はなむけを。
終わることを知りながら、始めた人たちに、はなむけを。
別れていくけれども、門出に祝いの言の葉を。
今、捧げる言の葉がお守りになるように、と祈りながら言葉を編む。
すべての言の葉を綴る人たちの未来が明るいように、と。
また笑って再会できますように。