11月1日から30日間で一つずつお題に沿った小説を一話一話投稿したものです。主催は綺想編纂館(朧)さん。https://twitter.com/Fictionarysです。私は#twnovelで参加させていただきました。
天国に行くのは狭き門だという。
心まで綺麗な君なら、招かれるだろう。
そして、今までの苦しみから解放されて、幸せを満喫するだろう。
僕はその門をくぐれそうにないから、君とは永遠の別れだ。
悲しいと思うのは、それ自体が罪だろう。
僕は君の幸せを祈る。
これから一緒にいられない分だけ。
君は僕の気持ちを知らないだろう。
知ってほしい、と思うこともあるけれど。
このままでも、いいような気がする。
知られないまま、共に過ごすのも悪くないような気がするのだ。
まだ幼い君には『愛している』という言葉は重過ぎる。
だから、僕はそっと吐息をつく。
君には気づかれないように。
ひらりと色づいた葉が一枚、道路に落ちた。
私はそれを拾い、木を見上げる。
独りぼっちで落葉した葉は寂しい色合いをしていた。
落ちた葉は元の木に戻れない。
それはまるで置き去りにされていたようで哀しかった。
私はそれを大切に読んでいた本に挟みこんだ。
落葉は新しい使命ができただろう。
雨だれのように抒情的な琴が奏でられる。
長々しき夜にふさわしい音色だった。
それを聞いていた妹は「お葬式みたい」とにべのない感想を言った。
秋の夜更けを楽しむほど大人になっていない証拠のように思えた。
そんな幼い妹に琴を奏でていた兄は苦笑を浮かべた。
恋を知るのはもっと後だろう。
チェスボードの上で白と黒の駒が交錯する。
勝負はトントンと言ったところだろうか。
チェスの入門書を片手に黒の駒を進める青年は健闘している、と言ってもいいだろう。
「チェックメイト」と初心者の青年は言った。
「次は入門書なしで勝負をしてほしい」と白の駒をいじりながら男性は言った。
楓には双子の姉がいる。
いわゆる一卵性双生児で両親と幼馴染以外は、全く区別がつかない。
鏡を見ているようにそっくりで自分がもう一人いるのではないか、と思う時がある。
そんなにそっくりなのに、性格は真逆だ。
活発な双子の姉の葵の考えにはついていけない時がある。
同時に羨ましくある。
日が落ちるのが早くなった。
学校と塾の合間にみた空は、美しく燃え上がっていた。
太陽が最後の煌めきで腕を伸ばして世界を彩っていた。
思わず立ち止まってしまった。
長い影ができ、世界の一部になったようだった。
『秋は夕暮れ』と言った歴史上の人物は誰だっただろうか。
その通りだと思う。
君と出会えたことは幸運だと思うんだ。
君がいなければ、僕は孤独を抱えたまま、笑顔で日々を過ごしていただろう。
誰にでも優しくして、誰にでも親切にして。
自分の感情をさらけ出すこともなかっただろう。
だから、1億分の可能性から君に会えて、良かったと思うんだ。
この幸運は色褪せない。
君は僕の心の中で輝く一つ星。
どこにいても分かる。
決して見失うことなんてない煌めき。
暗い夜道も見上げればある光に僕の心は癒される。
たとえ冷たい風に吹きさらされても君のことを思うとあたたかくなる。
見失うことのない一つ星の君に、僕は今日も笑顔になれる。
漆黒の闇の中、君を見る。
秋になると口ずさむ歌がある。
夕焼けの中で、長くの伸びた自分の影を踏みながら。
『ちいさい秋見つけた』を歌う。
誰かさんに見つけてもらいたいのだろうか。
それとも小秋と名付けられたせいだろうか。
運命の巡りあわせで、誰かさんに出会いたい。
感傷的な気持ちで今日も夕暮れの中にいる。
「これをどうぞ」青年に穏やかな笑顔で差し出された。
少女は特に何も考えずに受け取った。
繊細な透かし彫りがしてある黄金に光る栞だった。
「いいんですか?」少女は尋ねた。
職人が作り出した高級品だと一目でわかる。
「人生には一休みが必要ですからね。貴方という本に挟みこんでください」
男の子は反論するような女の子よりも、ふわふわしているような女の子が好き。
分かってはいるけれども勝気な性格は直しようがない。
できれば、ふわふわしている天然の可愛い女の子に生まれ育ちたかった。
どこかに勝気な女の子が好き、って言ってくれる男の子はいないかな?
調子が良すぎるね。
「この樹、穴が空いてるよ」と小柄な少女が言った。
「ほら、か」背の高い少年が言った。
「ほら?」少女は鸚鵡返しに言った。
「じゅどう、とも呼ぶ」少年は辞書のように言う。
「あ、リスさんがいる」少女は指をさす。
顔を出したリスは樹洞に隠れる。
「リスの冬越しの食糧庫になる場合もある」
季節のうつろいの中で、僕は寂しさを感じてしまう。
例えば空に蕩けていく太陽。
青空が橙色に染まっていく。
鮮やかな終焉に胸が痛くなる。
君と並んで歩く道に、長引いていく黒い影。
踏みながら君と歩けるのは、いつまでだろう。
心がうつろいゆくように永遠はない。
それを秋が知らせてくれる。
日差しの中、オルゴールが光を受けていた。
もうネジを回す相手もいないのに、輝いていた。
穏やかな時間の中で、青年は手に取った。
友人が遺して逝ったオルゴールのネジを巻こうとして、元の位置に戻す。
旋律を心の中で奏でる。
そして、ためいきをついた。
オルゴールは鳴ることはないだろう。
「今年は無月は避けられたけど、方見月になっちゃったなぁ」と文芸部の幼馴染はぼやいた。
「むげつ?」と私が訊き返すと「月が雲や雨で見られない。秋の季語だよ」
そんなことも知らないのかといった様子で言う。
「てっきり夢の中で満月を見るのかと思った」と私が言うと、幼馴染は微笑んだ。
あなたは言葉が巧みだから、私は錯覚してしまった。
眩暈がするような世界へと連れ出してくれたから、勘違いしてしまった。
あなたは私でもなくても良かったのね。
たまたま、そこに私がいたから選んだだけ。
ほんの一時の恋人ゲームは愉しかった?
私は離れていったあなたに問いただしたかった。
私は心地よい微睡みの中にいた。
また世界も揺籃に揺られるように眠りの中にいた。
私が目覚める時、世界は鍋にくべられたように悲鳴を上げるだろう。
それは私が生まれた時から決まった摂理。
だから私の周りには幸せそうな音楽が流れ、永遠を約束するような穏やかさがある。
目覚めないように。
そのバーではピアノが小夜曲を奏でていた。
初めて入った店だというのに、何年も前から知っているような雰囲気があった。
薄紫のカクテルを飲んでいる紳士が微笑んだ。
「君にはファジーネーブルが似合いそうだ」と言う。
「ブルームーンが似合う人に言われたくないです」と私はキッパリと言う。
「おや珍しい」と壮年の男性は呟いた。
雑多な物が積まれている中で、輝くスノードームがあった。
硝子の中で常緑樹が雪にまみれている。
「これは地球産かな?」男性の言葉に店主は笑む。
「お目が高い。珍しい一品となっております。これからの季節にお似合いか、と」
店主は男性の手に載せた。
長く伸びた影を踏みながら、とぼとぼと歩く帰り道。
いつもだったら、もう一つ足音がするのだけど。
独りの帰り道は赤く焼けた空とあいまって感傷的になってしまう。
一人でも大丈夫、ってどうして言ってしまったんだろう。
きっと、あの子が告白しに来たのだと一目で分ってしまったからだろう。
寄り道、迷い道。
それすら二人だと楽しくて、気が向いた方向に進んだ。
そんな遊びも終わりだと夕暮れが告げる。
気がつけば、いつものアスファルトの道にいた。
遥かな彼方の遠くまで歩いたつもりが、元の道にたどり着いていた。
それはそれで面白いか、と笑いあった。
繋いだ手は自然に離れた。
そんなもの心のささくれみたいなものだ、と誰かさんが言った。
いつ言われたのか、どこで言われたのか、まったく思い出せないけれど、その言葉だけは覚えている。
小さな傷だけれども、痛みが気になる心のささくれは、今日も私をさいなむ。
どうすれば自由になれるのだろうか。
指先を見つめる。
空は澄み渡り、雲ひとつない見事な快晴だった。
この季節特有の冷たい風が耳をくすぐっていった。
こんなにも綺麗な空は額縁に収めて、とっておきたくなる。
けれども、それができない自由さもまた魅力的だった。
今日という日を忘れないように目に灼きつける。
空は私という名の額縁に飾られる。
「今日、遅くまで起きている?」と一回り歳の離れた弟が尋ねた。
「何時ぐらい?」弟に甘い私はしゃがんで目線を合わせる。
「時計に針がぴったり合う頃」指をもじもじさせながら弟は呟く。
小さな頭を撫でてやる。
「あのね、鐘が鳴る頃に幽霊船が見れるんだって!」期待でいっぱいな声が言う。
いつも忙しそうにしている青年の傍に、温かいお茶を置く。
少女が部屋に入ってきたのも、お茶を置いたのも気づかずに青年は書類を読んでいる。
少女は自分とは違う広い背中に寄り添う。
「ああ、来たのか」と青年は声を出した。
「お仕事、ご苦労様」と少女は小さく笑う。
嬉しい気持ちになった。
少女は火鉢の側で手をこすっていた。
炭をかいて、少しでも暖かくなるように。
やがて外套をまとった青年が帰ってきた。
少女は立ち上がり「お帰りなさい」と笑顔を浮かべる。
「ただいま」青年は疲労を隠さずに言った。
外套には雨粒がついていた。
「寒かったでしょ」と少女が外套を抱きしめる。
今日の夕ご飯は豪勢だ。
なんといってもメインディッシュが霜降りの和牛のステーキなのだから。
いつも節約をしているので、記念日ぐらい祝うというのが我が家の方針だ。
楽しみにして帰宅する。
「今日は早いのね」と母が言った。
「ステーキは熱々が一番」と私が言うと「食いしん坊ね」と笑う。
優しく頭を撫でてくれる大きな手を感じた。
いつの日か、そうしてくれたように。
幻だったのだろうか。
私は独りぼっちだ。
あなたは、もういない。
そう思ったら胸がぽっかり空いて涙が溢れかえる。
夢でも、あなたに会えて幸せだったよ。
ぬくもりは昼の世界に溶け去っていった。
私は噛みしめる。
長い髪を窓から垂らして王子さまを待っていたお姫さま。
助けてもらうことばかり考えて、白い塔の最上階で溜息をつく。
こんな人生はごめんだ。
お姫さまはバサッリと髪を切って、塔を駆け降りる。
見張りの魔女がいなくて幸運だった。
これからは自由を満喫する。
門をくぐり、遥かな彼方を思う。