27.つまずきながらあてもなく

「ああ、結婚もいいわね。
 良い式を見ると、私もって気持ちになる」
「相手はいるの?」
「仕事を辞めてまでする相手はいないんだけど。
 両立できないかな?」
「同じ学校から選んだら、絶対辞めろしか言われないわよ。
 内助の功とか求められるから」
「私のスキルを捨てるとかありえない」
「だから結婚できないのよ」
「結婚しちゃった子は、そういうタイプばっかりね」
「しーちゃんは?」
 急に話を振られた女性はストローから口を離す。
 透明なロンググラスの中身は、透き通ったリンゴジュースだ。
 この集まりは、いわゆる『女子会』である。
 高校時代の友人が結婚して披露宴までしたわけだが、スケジュールが合わなかったり、諸事情により欠席した女性たちが新婦から食事会に誘われて、その後、なんとなく集まった仲良しグループ女性の集まりだった。
 高校時代からある落ち着いたカフェが選ばられたのも『しーちゃん』のためだった。
「結婚の予定はない。
 そもそも相手がいない」
 しーちゃんと呼ばれた女性は答える。
 20代前半の女性ばかりの中でも異質な女性だった。
 化粧っ気もなければ、ワンピースやフェミニンなスカートなども履いていなかった。
 シックなパンツスーツ姿でもなく、ヒールのあるような靴すら履いていない。
 清潔感のあるものの普段着の範疇から出ないユニセックスな格好だった。
 もっとも見た目から性別を疑う者はいないだろう。
 腰を超すほどの長い髪と義務教育中の少女並みの身長。
 そしてある種の男性の願望を叶えるような容姿と声をしている。
 実年齢よりもマイナス10ほどしても疑われないほどの美少女。
 高校時代には時を止めてしまったような外見のために『合法ロリ』と囁かれていた。
「しーちゃん、恋バナしないけど。本当に好きな人がいないの?」
「そうよ。そろそろ結婚相手を見つけないと出産がきつくなるわよ」
「キャリアを捨てることになるけど30前には妊娠しないと」
 女性陣は口々に言う。
 しーちゃんはおっとりとストローでグラスの縁を撫でる。
「恋バナは聴くのが専門だな。
 考えたこともなかったが……出産か」
「今、付き合っていなくても理想の相手はいないの?
 マッチングアプリだってあるし」
「結婚条件とかあるでしょ?
 一生を共にするんだから」
「私を受け入れてくれる独身の男性なら構わない」
 しーちゃんは素直に答えた。
「具体的には?」
「私にも稼ぎがあるとはいえ、養えるほどお金があるわけではないから定職についていることが望ましい」
「子どものことを考えたら当たり前じゃない?
 妊娠、出産している間は働けないし。
 元気な子どもが産めたとしても、すぐには復帰できないでしょ」
「私の趣味に理解してくれる男性がいいな。
 デスクトップ型のパソコンでオンラインゲームをするような女性を妻にしたいと思う男性はいるだろうか?
 最低限の家事はするつもりだし、分担をさせるつもりはないが、ゲームをやり始めると長い上に、毎日、ログインしているからな」
「しーちゃんゲーヲタだった」
「高校時代からずっとやっているわよね。
 まだソシャゲは理解できるけど」
「旦那さんがゲーヲタでなくてもヲタクならいけるんじゃない?
 今は、そういう夫婦も珍しくないってニュースで言ってたし。
 三次元に推し活しているよりマシとか聞くし」
「あとは、話が合う男性だろうか?
 さすがに結婚したのに会話が続かない夫婦は破綻するだけだろう。
 私の場合、大幅に世間知らずらしいから、常識のあるしっかりとした男性がいいのかもしれない」
 しーちゃんは考えながら言った。
 それに関しては仲良しグループの女性陣は無言でうなずいた。
 世間知らずでは収まらない枠にしーちゃんがいるのは共通認識だった。
 単純に『天然』では片づけられない。
 生粋のお嬢さまどころか、『家族』から溺愛されまくった箱入り娘なのだ。
 間違いなく『お姫さま』だった。
「安定した職業、趣味に理解、会話ができるほど柔軟性、性格は温厚でしっかりしている。
 まあ、見つかるといえば見つかりそうね」
「外見は?
 あ、芸能人でもいいけど20代から40代の男性ね。
 好みのタイプは?」
「20代から40代?」
 しーちゃんは考え込む。
 周囲の人間はためいきを飲みこんだ。
 相も変わらず美醜が理解できていない、とわかったためだ。
 二次元に恋しているからではない。
 そして、おそらく……と女性たちは目配らせる。
 しーちゃんは鞄から携帯電話を取り出すとロックを解除する。
 そして一枚のフォトを選んで、みんなに見えるようにテーブルに置いた。
「ちょうど20代から40代に当てはまる」
 しーちゃんはリンゴジュースを飲むのを再開する。
「こんな相手が見つかるはずがないでしょうが!」
「やっぱり」
「理想が高すぎるのよ」
 仲良しグループの女性たちは言った。
 独身女性は、自分の結婚相手だったら理想すぎると思った。
 既婚女性は『しーちゃん、それって恋バナ?』と思った。
 液晶画面には『家族』の写真が写っていた。
 撮ったばかりであろう写真には、もちろんしーちゃんが写っていた。
 今とは雲泥の差がある姿だ。
 淡い色の手の込んだワンピースをまとって、椅子に座っていた。
 その隣に立っている人物こそが本来の主役であり、しーちゃんの『お兄ちゃん』である。
 仲良しグループだけあって、しーちゃんが中学生の時に引き取られて、こちらに越してきて『家族』になったことは知っていた。
 むしろ『お兄ちゃん』から、くれぐれもしーちゃんを頼む、と言われたのだ。
 交友関係は『お兄ちゃん』の手によって厳選されていたし、しーちゃんの害になると判断された段階で容赦なく弾き出された。
 グループの脱退ではなく、しーちゃんの目に入らないところへと。
 つまり引っ越し&転校が待っていた。
 中学時代にいじめを行ったらしいクラスメイトたちは社会的にも抹殺されたらしい。
 いじめを止められなかった学校の先生たちは教員免許の剝奪の上に、実名報道。
 弁護士を立てて刑事告訴までして、示談や和解など許さずに、執行猶予すらつけさせなかったというのだから、かなり過激である。
 そんな『お兄ちゃん』がしーちゃんには激甘なのは、この場にいる人間は身に染みている。
「そうか、理想が高いのか。
 では結婚相手を探すのは苦労するな」
 気にした風ではなくしーちゃんは携帯電話を鞄の中に仕舞いなおした。
 完全に他人事である。
 『お兄ちゃん』は仲良しグループの通った高校のOBであるから、みな知っている。
 首席で卒業して、そのままストレートで東大に入学して、大学時代から英語で論文を発表し続けて、その評価から外資系企業に新卒で採用されたことぐらい。
 今だって一部の人間たちはお近づきになりたい、と思っているほどの著名人だ。
 そして本人の稼いでいる年収も凄ければ、父親が持っている資産だけでも大騒ぎものであり、母方の苗字を出しただけで社交界では我が物顔なはずである。
 これで容姿に難点でもあればいいものの、芸能人顔負けのスタイルと顔立ちなのだ。
「しーちゃん、完全に異性の基準が夕也先輩なのね」
 馬鹿々々しい話を聞かされたように一人がつぶやく。
「一番、身近にいる人間が基準になるのでは?
 私の条件にすべてが当てはまるが、夕也さんは私など相手にしないだろう」
 しーちゃんは言った。
「今だって、仲が良いんでしょう?」
「『家族』なのだから、当たり前だろう?
 みんなは兄弟と仲が悪かったりするのか?」
 しーちゃんは首をかしげる。
「たまにケンカするけど?」
「うちは一人っ子だからあれだけど、お母さんとは稀に意見が食い違って平行線とかあるし」
「結婚したら、夫の家族とはこっちが話を合わせる感じだわ」
「みんな苦労をしているのだな。
 おそらく私の『家族』は、私が心配なのだろう。
 両親を早く亡くした子どもで、引き取られたわけだしな。
 夕也さんとも歳が離れている。
 大人げなく『妹』とケンカなどする気にもならないのだろう。
 面倒ごとが大嫌いだからな」
 しーちゃんは言った。
「もし夕也先輩がしーちゃんを好きだったらどうするの?」
「わざわざ『妹』扱いしてくれるのだから、それなりには好意を持っているだろう?
 いまだに面倒をかけているのに、世話になりっぱなしだ」
 大真面目にしーちゃんは言う。
 仲良しグループたちは意味が通じていない、と思った。
 そして会話は、食事会の機会を作ってくれた高校時代の友人――新婦の話に移っていた。
 きっと『しーちゃん』こと『関 志穂』は自分の中にある『お兄ちゃん』こと『関 夕也』への恋心にまったく気がついていない、と思いながら。
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