少しでも冷たい場所を求めて小喬は場所を移動する。
その姿がおかしくて大喬はころころと鈴の鳴るような声で笑い出した。
「あ、お姉ちゃん、笑うなんてひどーい」
「ごめんなさい、小喬。
でもね、あなたのその行動が孫策様と一緒なんですもの。
おかしくて…くすくす」
孫策のその光景を思い出したのか大喬はまた笑い出した。
江東の夏は暑い。
長江の豊かな水源がなければ干上がっていることだろう。
「ねね、お姉ちゃん。周瑜さまと孫策さまを誘って河に水遊びしに行こうよー」
「暑いのは夏だからしょうがないのよ。
我慢することも大切なのよ。分かってる?」
「でも…暑いし暇ー」
ぷうと頬を膨らませて抗議する妹に大喬は小さくため息をついた。
「孫策様も周瑜様もお仕事よ」
「孫策さまは絶対、涼しい木陰で昼寝してるよー」
小喬の推測は間違ってはいないだろう。
また、その姿を想像して大喬は苦笑した。
「小喬だったらやっぱり木陰でお昼寝が良い?」
「もちろん!」
まるで子供が2人。
それでも大喬は幸せだった。
こうやって構ってもらえるのが純粋に嬉しい。
「孫策様のところに行きましょうか?」
「うん!」
小喬が元気な返事をして起き上がる。
流石に気が引けたのか薄着をしていた小喬は上着を一枚、羽織ながら。
***
「だーれもいないよ」
孫策の執務室には誰もいない。
小喬の推測は当たったようだ。
「小喬、それから義姉上」
後ろを振り返ると大量の書簡を抱えた周瑜が立っていた。
大喬はぺこりと挨拶して小喬は嬉しそうに周瑜の傍に駆け寄った。
「周瑜様、孫策様は…?」
「部屋にいないのかい?」
「はい…」
周瑜は考え込むと一言呟いた。
「逃げたな」
大喬と小喬は驚いた表情を浮かべてお互いの顔を見合わせた。
「瑜兄様ー、策兄様ってばずるいんだよ。
河の視察に行くって言ってあたしのこと置いて行くんだよー。
阿蒙だけ連れていくんだもん」
周瑜の後ろから新たに声がかかった。
不貞腐れた声でかなり不満そうだ。
「ふむ、孫策は視察に行くと言ったのか」
「うん」
孫策の幼い妹、尚香は周瑜の服の裾を掴んで抗議した。
「尚香ちゃん、孫策様はやっぱり…?」
「ぜーったい、水遊びに決まってるよ。
だってこんなに暑い日に策兄様が仕事するはずないもん」
まだ幼い妹だが的を得た発言に周瑜は苦笑する。
「では義姉上、姫ととご一緒していただけますか?」
「周瑜さま、どうするの?」
今度は小喬と尚香が顔を見合わせた。
頭の良い軍師殿は何を考えているのだろうか。
***
河を渡る風は夏だというのに肌に心地よい。
遠くで水のぱしゃぱしゃと跳ねる音がする。
周瑜は馬から下りると馬の手綱を握ってゆっくりと歩き出した。
馬上の小喬は楽しそうだ。
後ろから尚香と大喬の乗せた馬もついてきた。
頭に被った日除けを風に飛ばされないように大喬は必死だ。
「あ、孫策さまと呂蒙さんだー」
小喬が遠くの2人を見つめて指を指した。
「やはりな」
近づくにつれて孫策が気持ちよさそうに水浴びする姿が見受けられた。
しかし気持ちよさそうに遊んでいるのは孫策だけで一方的に水を掛けられている呂蒙はちょっと可哀想だ。
「あ、策兄様、また阿蒙のこと虐めてるー」
ぶうと頬を膨らませて尚香が抗議する。
孫策よりも3つ年下の呂蒙は孫策のお気に入りだった。
妹の尚香も弟の孫権も呂蒙には懐いている。
びしょびしょの着物を絞りながら呂蒙はため息をついた。
「よお、周瑜」
相変わらず悪びれた表情も見せずに孫策は近づいてくる4人に手を上げた。
「お前らも水浴びか? 気持ちいいぜ」
川岸とはいえ水量が多いために結構、水深は深い。
呂蒙は周瑜たちがやってきたことにほっと胸を撫で下ろした。
「阿蒙、大丈夫?」
心配げに尚香が呂蒙の元に駆け寄った。
「ええ」
心配そうにぎゅうと抱きついてくる尚香に呂蒙は苦笑する。
「孫策様!」
大喬の目はちょっと怒っているようだ。
仕事をサボって誰にも何も言わずにここにやってきたことに対して。
「ああ、大喬、すまねぇ」
「心配したんですからね!」
大喬の心配を余所に孫策は楽しそうだ。
小喬は周瑜の服の裾を掴んで「遊んでもいい?」と目で訴えかけている。
周瑜はちょっと呆れたような表情でため息をついた。
『周瑜の考え』とは妻の息抜きに少しだけ涼もうという計画であった。
「行っておいで」
「わーい、周瑜さま、ありがとうーvv」
嬉しそうに周瑜に抱きついて小喬はすぐさま、裸足になった。
長江の水は冷たくて気持ちが良かった。
孫策や呂蒙のようにびしょ濡れになっては困るが多少は大目に見ることにした。
大喬は周瑜の隣りでその様子を見つめる。
「義姉上はいかないのですか?」
「河を渡る風が心地良いですから。それに孫策様が楽しそうなら…」
目の前では孫策に向かって悪びれもぜずに小喬が水をかけまくっている。
呂蒙は背の低い尚香を気遣って抱え上げてくれている。
その様子が楽しそうだった。
「周瑜様、ありがとうございます」
「ああ、たまにはこんなことも良いだろう」
周瑜が小喬を見つめる瞳が優しい。
大喬も眩しそうに孫策を見つめた。
4人は楽しそうに水遊びを続けていた。
こんな息抜きもたまには良いと思う。
心地よい風が長江を渡っていった。
了
「幻想遊戯」の藤井桜さまの3周年フリー小説です。
それぞれのキャラクターをしっかりつかんでいて、ステキなお話です。
思わず、水が恋しくなりました!