暖かくなれば、蕾はほころび、やがて大地を満たす。
花はただ咲き、あるがままにある。
不思議なことは一つもない、自然の摂理。
けれども、青年の双眸にふと留まったのは、何故なのだろう。
佳人の髪を飾る薄紅の花弁の花。
「美しい花だな」
その声に女人は軽く驚き、それから微笑んだ。
「我が君、いつからそこに?」
柔らかな声は耳朶に優しい。
いつまでも聴いていたいと、思わせる声だった。
「今、来たばかりだ。
あいにくと、この花の名を知らぬが」
青年は院子に降りた。
見渡せば、百花繚乱。
鮮やかな色の花々は、自己主張しながら、妍を競っていた。
院子は花にあふれていた。
けれども気にかかったのは、妻の艶やかな髪を彩る小さな花。
「百日紅もご存知ありませんの?」
甄姫は飴色の瞳を見開く。
名を聞いて、これがその花かと知る。
「なるほど、確かに長く咲く花だな」
「我が君でも、ご存じないことがあるのですね」
クスクスと笑みをこぼしながら、甄姫は曹丕に寄り添う。
「花の名は知らぬ。
誰も教えてはくれなかったからな」
青年は決まり悪げに、妻から目を逸らした。
「これから、私が毎日、一つずつ、花の名前を教えて差し上げますわ」
「毎日か。
……楽しみだな」
「はい」
甄姫は楽しそうにうなずいた。
天を星が満たすように、地を花が満たす。
数え切れぬほどある花の名を、最後まで覚えきることができるだろうか。
ふと、気がつく。
どうして、百日紅の花に目を留めたのか。
毎年咲いていた花を、今年ばかりは気にかかったのか。
その理由に思い当たった。
この花が格別、美しく思えたのは――。
「私も一つだけ知っている花の名があった。
この世で最も美しい花だ」
「どんな花ですの?
思い入れのある花なのでしょうね。
少し、羨ましいですわ」
「その花の名は……甄、という」
二人の視線は、静かに絡む。
長い一瞬きの後、
「まあ、お上手ですわね。
けれども、我が君。
この世界にはたくさんの美しい花がありますのよ」
甄姫は満開の笑みを見せる。
「そうか」
曹丕は目を細め、うなずいた。
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