空を急くように鳥が飛んでいく。
青玉を溶かしたような空に、鳥はいよいよ白い。
目が痛くなるほど、鮮明だった。
「周瑜さま」
隣りを歩いていた少女が青年の袖を遠慮がちに引いた。
色づき始めた花垣の前で、周瑜は立ち止まる。
「あのね」
小喬はそこで口を閉じ、顔を曇らせる。
白い左手が玉でできた帯飾りを何度も撫でていた。
話しづらいことなのだろう。
青年は落ちた沈黙を拾う代わりに、垣根から花を一輪、手折った。
開いたばかりの薄紅の花を、うつむいている少女の髪に挿す。
花の優しげな色彩は、妻の薄茶色の髪をよりいっそう輝かせる。
「あのね」
小喬は顔を上げた。
左手は帯飾りをさわってはいなった。
「わたし、周瑜さまの奥さんだよね！」
淡い色の瞳が真剣に問う。
「ああ、もちろんだよ。
小喬」
周瑜は妻の肩にふれる。
力をこめれば折れてしまいそうな造りだ。
驚かせないように、そっと抱き寄せる。
指先に絡んできた細い髪ごと、小さな肩を撫でる。
「本当に？」
追い詰められた小鳥のように、高く悲しげな声が周瑜の耳朶を叩く。
「ああ」
青年はうなずいた。
「だったら……。
もっと一緒にいたい」
淡く色づいた唇がささやく。
胸の奥に溜めこんだ痛みのすべてを吐き出すように
「もっと一緒にいさせて」
小喬は言った。
「私も、そうしたいと思う」
周瑜は幼い心を持った妻を安心させようとして微笑む。
永遠を誓った相手だ。
離れがたく想う。
見送られれば笑顔を返すが、幾度もくりかえす別離は身を切られるように辛い。
「周瑜さま。
……わたし、戦場についていく。
もう、待っているのは嫌だよ」
「小喬！」
周瑜は妻の決意に驚いた。
「戦場は危険なところなんだ。
……そんな場所に、君を連れて行けない」
「そんな場所に、周瑜さまはいるんでしょ？」
泣いても、笑ってもいない瞳が周瑜を見上げる。
ただただ透明な光が宿っている。
一緒にいたい
その言葉が静かに輪唱している。
「周瑜さまと同じがいい」
小喬は言った。
歳よりも幼く見える妻が、歳相応の表情を浮かべていた。
永遠の誓いで分け合うものは喜びと幸福だけではない。
苦しみと悲しみも、二人で分かつのだ。
そういう約束をしたのだ。
「同じで……いたいの」
小喬の眼差しには、迷いがなかった。
「戦いは軍場だけで起きるものではない。
家を守るのも、戦いだ」
周瑜は言った。
小柄な少女は首を横に振る。
「一緒にいたいの。
できるだけ、たくさん。
色んな周瑜さまと一緒にいたいの」
揺るがない覚悟が、ここにあった。
掌で包めてしまうほど細い肩に、さらに重い荷を背負わせるのか、と。
屈託なく笑っていてくれればいい。
そう思っていた。
……そう、思って『いた』。
小喬が変わったように、周瑜も変わった。
永遠を誓ったあの日から、少しずつ少しずつ。
緩やかで、切れないほど強い、しなやかな糸が二人を変えていった。
「大丈夫だよ、周瑜さま！
わたし、負けないんだから」
だから傍にいさせて。と小喬は言った。
「そうだな、君は強い」
一欠けもしていない璧のように。
純粋で美しい。
周瑜は小喬をそっと抱く。
華奢な身体が、細く絹のような髪が、柔らかな肌が、軍場と不釣合いだと思った。
それでも妻を止める言葉を青年は知らない。
青空を覚えている小鳥をいつまでも籠に閉じこめておくことができないように。
絹の檻で妻を閉じこめておくことはできないのだ。
周瑜は小さくためいきをついた。