蝋燭も消えた寝室で影がゆらりと揺れた。
星の光が振り下ろされた白刃を煌かせた。
カッキン。
短刀は阻まれた。
闇夜でも鮮やかに輝く緑の双眸が少年を見据えた。
「一緒に死んでくれませんか?」
刃を交えながら、少年は言った。
「心中のお誘いは嬉しいけれどもあなたとは死ねないわ」
懐刀を手にした少女は静かに言う。
殺されそうになっていたとは思えないほどの落ち着きだった。
少年が来るのを知っていたようだ。
「陸議」
捨てたはずの名前を呼ばれて少年の腕はなえた。
「知っていたのですか?」
短刀が寝台の上に滑り落ちる。
「あなたのことなら、何でも知っているわ。
ずっと一緒にいたもの」
尚香は懐刀を鞘にしまう。
「そうですか」
「そんなに死にたかったの?」
少女は半身を起こして短刀を拾う。
「こんなちっぽけな刃じゃ、私を殺せないわよ」
白刃が少年の喉に押し当てられる。
冷たい刃が心地良かった。
「このまま殺してください。
誰かの手によって命が途絶えるのなら、あなたがいい」
少年は言った。
星の光の中で白刃が一閃した。
パサリッ。
髪が一房、寝台の上に落ちた。
「死にたがりの陸議はもういないわ」
尚香は微笑み、少年の首に腕を絡める。
「残ったのは陸遜。
私の大切な遊び友だち」
甘いささやきが耳をくすぐった。
「明日も一緒に遊びましょう。
大喬の作った甘いお菓子を持って、遠乗りもいいわね」
「どうして……」
言葉が続かなかった。
全てを知ってなお、強くいられるのだろうか。
少年は明確な殺意を持って寝室にやってきたというのに。
楽しげに未来のことが語れるのだろうか。
「初めて会った時から、陸遜は陸遜だった。
私は陸議なんて人は知らないわ」
「大好きよ、陸遜」
真っ直ぐ胸に響く。
陸遜の瞳から涙が流れ落ちた。
少女を殺すことなんてできない。
一緒に死んでくれるわけがないのに。
最初からわかっていたのに。
どうしても、少女の元へ来ないではいられない。
「私も姫のことが好きです」
自分よりも小さな背に、よろよろと腕を回す。
分け与えられたぬくもりに、すがりつく。
「両想いね。
物語はめでたしめでたしで終わるものよ。
大丈夫。
きっと幸せになれるわ」
明るい色の髪が少年の頬をなでる。
「はい」
涙ながら少年は頷いた。
ようやく呪縛から、解き放たれた気がした。
澱のように溜まっていた気持ちが解れていく。
「今夜のことは二人きりの秘密にしましょう。
こんなに大きくなったのに、夜が怖くて泣いただなんて誰にも言えないでしょ?」
星の光が二人の影を一つにする。
少年の涙が枯れるまで、少女は抱きとめ続けてくれた。
太陽のように明るい少女は、月のようにも優しい。
それを教えてくれた。