怨霊の群れに決死の覚悟がいたのは、計算外だった。
独りだったら、どうにか対処できた……と思う。
以前も、どうにかなったのだから、上手に処理できたはずだ。
が、あいにくと統風は独りじゃなかった。
大きな怪我を負った美女が視界の端に入る。
考えるよりも速く体が動いた。
回復魔法を詠唱していた。
場の緊張感は一気に高まり、統風は怨霊の標的となった。
ハリネズミのような針を持つ怨霊の……文字通り的になった。
指よりも太い針が飛来し、少年の体をえぐる。
何もかもが遅すぎた。
判断ミスに呆れながら、精霊師は満足げに微笑んだ。
詠唱は完成し、凍夜の体に神の祝福が舞い降りる。
それは一重ではなく、光の雨のように。
これで大丈夫だ、と思った。
痛みを感じるよりも先に、体が重くなった。
慈悲なんだろうな、と統風は思い……目をつぶった。
次に目を覚ました場所は、街の中だった。
戦場から、ここまで運ばれてきたのだろう。
こうして寝台に横たわるのは、何度目か。
忘れてしまうぐらいの回数だろう。
諦めない限り、死ぬことはない。
その言葉が、耳の奥でこだまする。
見知った顔を見つけて、エルフ族の少年は笑みを浮かべた。
「可愛い服を着ているから許して」
凍夜が平坦な口調で言った。
「え、無理。
だって姉さんの方が可愛かったし」
精霊師の少年はいたって正直に答えた。
冬闇をまとう美女は、その白い貌に不満をよぎらせたが、一瞬のことだった。
「統風! 本気!?
最低ー!!」
反論したのは妖族の少女だった。
「いや、この場合、最悪なのはそっちだと思うんだけど。
服が可愛かったからって、許せるもんじゃないだろう」
まあ、服が可愛いのは認めるけどさ、と少年はつけたす。
統風は寝台から出る。
病人でもあるまいし、いつまでも寝ているのは決まりが悪い。
体はすっかり癒えている。
「凍夜ちゃんだって、十分可愛いじゃない!
どこに目をつけてるの?」
美貌を誇る妖精の少女が言う。
元気が良すぎて、耳が痛くなるぐらいの声量だ。
「狐よりは可愛いのは、確かだけど。
だけど、姉さんが一番、可愛かったのも事実だね」
「統風のシスコン!
女の子に順番つけるなんて最低!!」
「普通は順番をつけるもんだろう?
な、永雪」
おそらく彩香の荷物持ちに付き合わされている子どもに、統風は訊いた。
軍属になってしばらくになるが、人の好さそうなのは変わらないようだった。
「え!」
永雪は紫色の瞳を見開く。
「佐羽と彩香、どっちの方が可愛いと思う?」
統風は意地悪く尋ねた。
答えは決まっている。
見事に地雷を踏んでくれるだろう。
「そりゃあ、もちろん……。
って、話を振らないでくださいよ!!」
「永雪……、どういう意味っ!?」
彩香が怒鳴る。
小柄な少女が背ばかり大きい子どもを叱りつけるという構図はこっけいだった。
「それに女の子全部に優しい男ってのも、微妙だと思うんだけど」
エルフ族の少年は言った。
同族にそんな人物がいたなと思いながら。
「はぁ。
どっかにアタシのこと一番だって言ってくれる男はいないの!?」
彩香は、大げさなためいきをつく。
「いたら、結婚してるんじゃないのか?
夫に言ってもらえよ、そんなこと」
統風は言った。
「う……そうかも」
妖精の少女は唇を尖らした。
ついっと袖をひかれ、統風は振り返る。
「怒ってる?」
凍夜は尋ねた。
統風は微笑んだ。
「初めから怒ってないよ」
判断ミスをしたのは自分。
物理攻撃しか手段を持たない怨霊だった。
死に直結しない怪我だった。
回復魔法を詠唱すべきではなかった。
最後まで戦場で立ち続けていなければならないはずの精霊師が、怨霊の的になってはいけない。
けれども……。
流星のような輝きの魂が傷つくよりも、自分が傷ついたほうが気が楽なのだ。
精霊師として、異端な考えだけれど。
それでも目の前の美女に怪我がなくって良かったと思う。
「凍夜さんだからね」
統風は言った。