美しいだけの女なら花の数だけいる。
強いだけの武将なら星の数だけいる。
両方を兼ね備える者は――。
「お待たせいたしました。
甄姫、ただいま我が君のもとへ」
喉から手が出るほど欲しかった援軍。
死地が生地へと変わる局面。
地上に載せられた駒はゆるりと微笑む。
それにつられて、青年も口元に笑みを刻む。
「甄。この戦い、どう見る?」
曹丕は剣を払う。
鋼にこびりついていた血が飛び散る。
赤が佳人の唇のようだと思った。
閨の中で睦言をささやく時のような色をしていた。
昨夜の情交が脳裏によぎる。
血が沸き立つのを感じた。
「もちろん我が君に勝利を。
そのための我が身であれば」
赤い唇が断言した。
劣勢だと知っているはずだ。
それなのに、勝利を約束する。
得がたい武将だった。
「愚問だったな」
曹丕は剣を構えなおす。
甄姫も鉄笛を構える。
戦場で見る妻も美しいと思った。
夜空を彩る星のごとく煌いて見えた。
「行くぞ」
青年は群がっている敵兵の集団に切りこんでいく。
怖いものはなかった。
近くで笛の音が聞こえる。
気を練りこまれたそれは敵兵を薙いでいく。
曹丕は一振りする。
命がやすやすと刈り取られていく。
生温い赤に染まっていく。
断末魔が上がる。
いちいち構っている暇はなかった。
次々に襲い掛かってくる槍の攻撃を、青年は切り払うので忙しかった。
先程まであった絶望はない。
「たまには悪くないな」
と曹丕は呟いた。
「まあ、我が君。
そんなに退屈でいらしたの?」
佳人が声を拾った。
「甄と二人きりならどこでも退屈せずにすむと思っただけだ」
青年は思ったことをそのまま伝えた。
「そんな甘い言葉、他の女人には言わないでくださいね」
生き生きとした口調で甄姫は言う。
高揚しているのがわかる。
やはり佳人は戦場に咲く花だ。
「嫉妬か?」
曹丕は尋ねた。
「独占したいと思うのは贅沢だとはわかっております。
でも、このひとときだけは唯一だと思いたいのですわ」
飴色の瞳が青年を捉える。
気がつけば敵陣は散り散りになっていた。
無数の死の上に、青年と佳人は立っていた。
生き残った。
紛れもない勝利だった。
曹丕は赤で染まった手で甄姫の頬にふれる。
そして唇を重ねた。
甘い香りと鉄が錆びたような味がした。
「そなたより理想的な存在はない」
青年は花のように美しく、星のように勇敢な妻に言葉をくれてやった。
「嬉しいですわ」
甄姫は蕩けるような微笑を浮かべた。