「ねぇ、譲くん、蜂蜜プリンが食べたいな」
一つだけ年上の幼なじみが言った。
言われた少年は困ったような顔をして、それでも微笑んだ。
「いいですよ。
材料は揃っていますから。
できるまで、冷房の効いた部屋で待っていてください。
どこにいるかわかりませんが兄さんも携帯電話で呼び出しますか?」
譲は言った。
「どうして、そこで将臣くんの名前が出てくるの?」
望美は不思議そうな顔で言った。
「先輩が食べたいのは、あちらの世界で食べた蜂蜜プリンですよね」
譲は確認した。
プリンを食べたいのなら、コンビニですら美味しいプリンを売っている。
ちょっと歩いて洋菓子店に行けば瓶入りのプリンだって手に入る。
『蜂蜜プリン』にこだわる必要はないのだ。
「そうだけど」
望美は言った。
「だったら兄さんもいた方がいいと思ったんです。
完全に同じものを作ることはできませんが、似たようなものはできると思いますよ」
譲は食器棚に並んでいるココット皿を取り出す。
あの時は陶器製の器も、耐熱性の器もなく苦労したものだった。
「二人で食べたいの」
幼なじみの少女は嬉しいことを言ってくれる。
何でも三人一組だった。
異世界の京へ行って、離れていた時間もあった。
それでも少女の中では、いつでも仲良しの三人組だった。
二人きりで何かをしたい、という関係ではなかった。
「でしたら、なおさら冷房のある部屋で待っていてください」
譲は微笑んだ。
「料理の邪魔になるから?
気が散るとか?」
望美は言った。
「いいえ。できるだけ忠実に作ろうと思うと電子レンジではなく、鍋を使うことになります。
キッチンには冷房がありませんから、地獄のような暑さになりますよ。
だから、涼しいところで待っていてください」
譲はココット皿を三個、まな板の上に置いた。
幼なじみの少女は二人分、と言った。
レシピを簡略化させるなら、二人分か四人分の方が楽だろう。
それでも譲は三人分のプリンの準備を始める。
「暑くても大丈夫だよ。
作っているところを見てみたいの。
……譲くんが気が散るっていうなら、ダイニングで待っているけど」
望美は残念そうに言った。
「先輩のことを邪魔だなんて思ったことはありませんよ。
プリンにすが立たないように湯煎をするので、作っている間は汗をかくほど暑くなりますよ。
火をかけている間は、目を離せませんからね」
譲は冷蔵庫を開ける。
必要なのは卵と牛乳。
蜂蜜は結晶化しないように常温で保存されている。
「だったら、作っているころを見ていてもいい?
ちょっとでも一緒にいたいから」
望美は言った。
「だったら一緒に作りますか?
レシピ自体はシンプルですから」
譲は提案した。
「いいの?」
幼なじみの少女の笑顔がいっそう輝く。
この季節のような太陽のように。
「もちろんです」
譲は頷いた。